2013年06月13日(木)

『波間の国のファウスト
:EINSATZ 天空のスリーピングビューティ』刊行記念
佐藤心×村上裕一対談(3)

取材・構成:草見沢繁、高瀬司
収録日:2013年4月26日

「経済特区と本土の狭間で」(3)

 

 

ゼロ年代初頭に「オートマティズムが機能する」で美少女ゲーム批評を牽引した佐藤心は、10年代初頭に今度は実作者として美少女ゲームを刷新しはじめる。2010年の『風ヶ原学園スパイ部っ!』(Sputnik)につづいてシナリオを担当した2012年の『波間の国のファウスト』(bitterdrop)は、経済をテーマとした異色の社会派作品としてその名を歴史に刻んだ。

 

そんな『ファウスト』の佐藤自身の手によるノベライズ『波間の国のファウスト:EINSATZ 天空のスリーピングビューティ』が、この5月に講談社BOXから上梓された。新ヒロインとともに描かれるのは、ゲーム版の前日譚。律也と白亜が再開する以前の物語。

 

そこで『bonet』では、ノベル版の編集にも携わった批評家・村上裕一と、佐藤心との対談を敢行した。ノベル版のコンセプトから制作の裏側まで、その立ちあげから共闘してきた2人だからこそ語れるディープな対話をご堪能いただきたい。

 

【第1回はこちら】
【第2回はこちら】

 

「ファウスト/ゼロ」の英雄たち

 

村上 よく企画会議の場で、ノベライズは『Fate/Zero』ならぬ「ファウスト/ゼロ」だ、と僕が言っていたのを記憶しています(笑)。実際、ハゲタカ試験も聖杯戦争のようなものですしね。
そういうこともあってかノベライズのハゲタカ試験には、主人公だった律也こそ登場しないものの、白亜のパートナーであるケビンや、例のマネーゲーム王の一角であるピーター・エリクソンなども出てきます。

 

佐藤 世界のトップファンドとして、ストラスバーグ・エリクソン・ロバーツを出したのだから、これを有効活用したいとは僕も思っていました。ついで構想したのは、トレーダーを出したいということです。なので小説版で活躍する乾朱光、ケビン、ピーター・エリクソンといった面々は、皆トレーダー、ないしトレーダー出身の人々です。
『ファウスト』の経済バトルの根幹にあるハゲタカビジネスは、専門性で言うと企業買収を主業とするバイアウトファンドなので、トレーダー出身のピーター・エリクソンがばりばり企業買収に乗り出すあたりは荒唐無稽のきらいはありますけど、そこは面白さ重視で(笑)。

 

村上 ゲームでは、少年少女が学園的な特区で企業経営しているということで、どこか「ごっこ遊び」のような印象もあったかと思うんですが、今回は特区外の経営者たちがたくさん登場していてさらにリアルなマネーゲームになっていますね。

 

佐藤 裏事情を話すと、ゲームには制約条件が多いんです。会社をいっぱい出すとそのたびにオフィスの絵、社屋のCGが必要となりますし。でも小説ではそうした負担は考慮しなくてよいので、非常に自由にやれたというのはあります。
また、ラブコメを書かなければという縛りも弱かったですし、『ファウスト』にあったシリアスな部分をぐっと引っ張りあげられたという意味でもよいチャレンジでした。

 

小娘と大人たち

 

村上 ゲームの視点は律也という主人公がガチっと設定されていたので、そこに固定されていましたが、ノベライズは三人称の他、登場人物の一人称視点を3パターンに分けて描かれていますね。めまぐるしく、といったら落ち着きがないように聞こえますが、状況がガンガン動いていく構造になっています。

 

佐藤 ユーライアス社チーム、クロノス・インベストメントの白亜チーム、そしてエリクソン率いるマッチョチーム。この三つ巴の戦いをそれぞれの視点から描きました。映画のようにスピード感をもって次々とスポットが切り替わって、そのたびにドラマがつながっていくという、バトンタッチのようなやり方で。
ジグソーパズルにたとえれば、全てのピースをきっちり埋めて完全な絵を見せるのではなく、どれだけ少ないピースで絵を描くことができるかを意識したところはあります。どこまで成功しているか、読者の反応が楽しみな点です。

 

村上 ノベライズ版は『ファウスト』本編とは違って戦線が広がっている印象があります。そういう意味ではサービス感も盛り込まれていますね。

 

佐藤 教科書的な学べる要素を盛り込もうとまでは思いませんでしたが、経営のエッセンスを物語の柱にはしています。いわゆる「選択と集中」というものですが、有名なのはジャック・ウェルチがやったジェネラル・エレクトリック社の改革ですね。当然ある種の淘汰が行われるわけですが、そうした大ナタに死にものぐるいで抵抗する経営者を描くのは面白いな、と思ったんです。

 

村上 その点だけをとると、『ハゲタカ』が小説版ではたいへん泥臭くなったことと同様に、『ファウスト』ノベライズ版も泥臭い話になっていましたね。冷酷な経営判断をズバズバして行くエリート描写よりも、そういう判断と自分の思い入れの間で苦しむ現実の経営者の苦労といいますか。
たとえば、白亜のやさしいアドバイスを切って、俺はこの事業を続けるんだと粘る男社長が登場しますが、そこには一種の哀愁を感じますね。

 

佐藤 林康臣ですね。彼の諦めの悪さがノベライズ版のエンジンの1つなので、書けば書くほど泥臭くなりました。経営者というのは会社の規模が違ってもメンタリティは似通っている。自分たちの周囲にある、身近な企業経営と置き換え可能な部分があるために、筆が乗ったというのはあるかもしれません。

 

村上 「なんでこんな小娘に……」という愛憎も、本編より強いですよね。本編はまだ同級生たちがしのぎを削っているようなものですが、こちらはいい年をしたおっさんが白亜から「不採算部門をカットなさい」などと言われているわけです。いささか戯画的かもしれませんが、リアルかつハードですね。

 

佐藤 ゲーム本編の方ではそういった部分を緩和するためにちょっとしたマジックがあるんです。
たとえば滝沢庸介はもともと直島銀行の頭取で社会的地位は高く、さらに年齢も白亜よりずいぶん高い男なんですが、まあ、スケベオヤジみたいな(笑)、ちょっとコミカルなキャラクターに見せて、白亜との相対的な関係が下になるよう調節しているんです。そういうポジションにいることによって白亜が高い地位にいる実感が担保されるように。

 

村上 滝沢はノベライズ版にも登場していますが、こっちの滝沢はいやらしいやつなんですよねえ(笑)。

 

佐藤 本編でも最終的に本性を表すので、それを知っている人が読むと「いやらしい」度は倍増すること請け合いです。

 

新キャラクターの必要性

 

村上 こういった形で本編のキャラクターが登場するということもある種のサービスだと思うのですが、語るべきは新キャラクターだろうということでそちらに話を移行しますと、まずユーライアス社には車椅子に乗った美少女トレーダー・朱光がいますね。

 

佐藤 彼女はノベライズ版の実質的な主人公です。従来ヒロインのファンは多いでしょうし、悩ましい点ではありますが、新キャラクターを入れた方が物語は活性化するだろうとの判断で導入しました。書き手の欲望なのかもしれませんが、どう思われます?

 

村上 原作をほぼなぞったようなノベライズではなく、別物として構想しているということであれば、その変化に応じて新ヒロインが欲しくなるのは当然だと思いますよ。
サービスというお話が先ほどありましたが、新しいストーリー・新しい展開を描くということであれば、既存のキャラクターで顔を見せるのが1人や2人であってもむべなるかな、と。他には本編に比べて白亜の位置づけが弱くなっているという問題も絡んでいるので、難しいところですね。

 

佐藤 誰を一番輝かせるべきかというのは、これまた悩ましい点でした。白亜の相対的な位置が上だと、物語が弱くなってしまうので、泣く泣く比重を下げたのですけれども。

 

村上 本編での白亜の活躍ぶりは、彼女がやり手だからということの他に、律也の姉であり本編の重要人物でもあった結城リコとの関係を含めた悩みの部分にも迫っていたからですよね。逆に言えば、リコのようなファクターがなければ、白亜が心理的に重要な役割を果たすことはないと思います。にもかかわらず白亜が存在すること自体が、本編のファンへの1つのサービスになっているんでしょう。

 

佐藤 そうですね。だから白亜に関して言えば、ノベライズ版では彼女の片鱗しか見せられなかった。ドラマの内面ではなく、外面を支えるキャラクターとして登場してもらったぶんだけ、新規の読者に物足りなく映ったとしたら悔いが残る点です。

 

白亜の両義性

 

村上 これはノベライズの完全なネタバレになってしまいますが、クライマックスの朱光と康臣との会話シーンで、白亜がビシっとカッコよく締めるシーンがあって、このためにいたのかという感じすらしましたね。本編でも舞台裏で大きな影響力をおよぼしているキャラクターでしたが、こちらの方がよりそれらしいと感じました。ノベライズのドラマの中で実際にごちゃごちゃとした動きがあるのは、朱光やケビン、康臣のレイヤーでした。
僕個人の要望としては、サラも好きだったし凪も好きだったしで、だったら企画最中に登場するようにねじ込めよという気もしますが(笑)、まあ彼女たちを出すのは難しかったですよね。

 

佐藤 時系列で言うと、ノベライズ時点の凪はまさに高利貸しで稼ぎまくっている状況なので、明らかに出しにくかったです。そういったこともあって新ヒロインが必要だと考えました。
でも、『ファウスト』というドラマの基点は、やはり白亜なんです。そんな白亜は代々続いてきたクロノス社の社長ですが、偉大さ、有能さでいえばもちろん創業者が絶対的なトップ。そういった力関係においては、実は僕の中では徳川幕府がイメージの下敷きになっていて、クロノス創業者と白亜の関係は、始祖である家康と15代将軍慶喜のそれなんです。
慶喜は「家康の再来」と評されたほど優秀な人物である一方、家康そのものではなく、脆弱さと無縁ではいられなかった将軍。白亜を完璧なキャラに描かない、強さと弱さの重ね合わせも、こうしたイメージからの着想でした。

 

村上 その比喩だと、白亜がクロノス社や直島経済特区の歴史を終わらせる可能性があるという風にも思われますね。

 

佐藤 白亜がいなくなった後にクロノス社がどうなるのかといったことは、ゲームの制作中にはあまり考えていませんでした。ソロモン債の暴落で特区経済が一度崩壊の際までいく、ということだけが決まっていたので。
さらにいえば、白亜が磐石でないからこそ、彼女の転覆を狙う輩も周囲には多いという類推になるわけです。ノベライズ版の骨格の一部はここから生まれていて、ゆえに白亜は足を引っ張るやつをクロノスから追い出すべく戦略投資室を作り、自分の地位を確かにしようという導入部になっているわけです。もっともストーリー上は、それこそが大きな落とし穴となるわけですが。

 

【第4回につづく】