2013年06月17日(月)

『波間の国のファウスト
:EINSATZ 天空のスリーピングビューティ』刊行記念
佐藤心×村上裕一対談(4)

取材・構成:草見沢繁、高瀬司
収録日:2013年4月26日

「経済特区と本土の狭間で」(4)

 

 

ゼロ年代初頭に「オートマティズムが機能する」で美少女ゲーム批評を牽引した佐藤心は、10年代初頭に今度は実作者として美少女ゲームを刷新しはじめる。2010年の『風ヶ原学園スパイ部っ!』(Sputnik)につづいてシナリオを担当した2012年の『波間の国のファウスト』(bitterdrop)は、経済をテーマとした異色の社会派作品としてその名を歴史に刻んだ。

 

そんな『ファウスト』の佐藤自身の手によるノベライズ『波間の国のファウスト:EINSATZ 天空のスリーピングビューティ』が、この5月に講談社BOXから上梓された。新ヒロインとともに描かれるのは、ゲーム版の前日譚。律也と白亜が再開する以前の物語。

 

そこで『bonet』では、ノベル版の編集にも携わった批評家・村上裕一と、佐藤心との対談を敢行した。ノベル版のコンセプトから制作の裏側まで、その立ちあげから共闘してきた2人だからこそ語れるディープな対話をご堪能いただきたい。

 

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白亜とカナタの対照性

 

村上 そしてノベライズから本編に流れ、最終的にクロノス社はけっこうヤバいことになっていくわけですね。しかし、今回同社のトップである「ハゲタカ」の座をめぐって外からやってくる大物が何人かいるわけでして、たとえばボブ・ダイヤモンドみたいな人が登場しますが、カリスマ性の水準では、彼が束になっても白亜には敵わないような感じもします。

 

佐藤 とはいえ先ほど言った慶喜の比喩ではないですが、白亜のカリスマも決して強固なものではありません。権力とは権限と権威の複合体であり、カリスマ性とはここで言う権威のことですね。企業統治の面から考えると、権威が圧倒的に強いのは創業者だと言われます。ソフトバンクの孫正義社長のようなトップダウン型の創業経営者がいい例ですが、彼らが持っていた力は一般的に代替わりを重ねていくと弱まっていきます。クロノス社も例外ではなく、ハゲタカ以外にも権力が分散してしまった状態にあるとしました。だからカリスマ性で言えば白亜未満のボブ・ダイヤモンドですが、白亜が怖れているのはボブ自身ではなく、ボブがクロノス投資委員会で強大な発言力を持つヘンリー・ストラウスの友人だから、ということになっているんですよ。

 

村上 そうでした。ヘンリー・ストラウスの友人だっていう設定が後ろで活きてくるんですね。

 

佐藤 そういう厄介な人物は戦略投資室の応募から排除されるはずだったのに、白亜の思惑を裏切り紛れ込んできてしまった。とはいえ公明正大にやりますよという建前からブレるわけにはいかず、彼女は苦渋の末にハゲタカ試験を開始するんです。

 

村上 ノベライズのそのくだりは「ああ、白亜も切れたな」と思いましたね。「ハゲタカ試験を始めます」という声はきっと震えてたんじゃないですかね。“震え声”ってやつですね(笑)。
その後ケビンを懐柔するためにホテルのラウンジでご飯を食べながら大見得を切った後のやりとりは、なんだか白亜も女の子らしいところがあるんだな、という印象でした。

 

佐藤 やはりそういう華のあるシーンもないと(笑)。

 

村上 ノベライズのキャラクターはみんな張り詰めていっぱいいっぱいなので、エリクソンやカナタを別口にすれば、余裕があるキャラクターは白亜とケビンぐらいしかいないんですよね。そういうギャグシーンはむしろ、彼女の器の大きさがうかがい知れるシーンですね(笑)。
こうなってくると俄然、綴カナタの謎が強まってくるように思います。ストラスバーグ・エリクソン・ロバーツでもないのに非常に神秘的な役どころを担っていて、ある種、白亜的な存在の到達点を体現しているようにも見えるんですね。ゲーム本編でも、「直島にとりついた悪魔」といった言い方をされていますが、どういった来歴であの地位までのし上がって、どんな実績や力を持っているのかということは基本的に明かされません。

 

佐藤 まず、カナタには私利私欲がないんですよ。ある勝利条件をもとにゲームを設定したらその進行どおりに動く。そういう機械的なイメージで書きました。そして機械のようであるがゆえに、人間なら当たり前に持っていると思われる欲望や情といった水準に行動が縛られず、かつハードワークを全く厭わないのでカナタは異常に仕事ができる。使う側からすればこれほど便利な存在はなく、地位の高い人間が、横着をして便利使いしているうちに、法体系から外れたかたちで、実質的な権限をどんどん奪われてしまったという設定にゲーム本編ではなっています。古典SFではないですが、元々の主従が逆転してしまい、人間が機械に乗っ取られるイメージですね。

 

村上 なるほど。恐らくそうしたある種の無敵設定のためか、本編ではカナタが強すぎるし、ドラマも白亜の人間性にスポットを当てるせいもあってなかなか2人を同じレベルでとらえられなかったんですが、ノベライズでは白亜とカナタが好対照であるように思えました。オロオロしている白亜に、ドシっと構えているカナタ。でも考えているレベルは同じであるという感じで。

 

佐藤 同じに見える部分はあるでしょうね。なぜならカナタは、ハゲタカとしての白亜に強い期待を寄せているからです。その期待ゆえに彼女の側に寄り添っているように見えるのかもしれません。しかし核にあるもの、それを目的と呼ぶなら目的は同じではなく、カナタは白亜を交換可能な存在だと思っていて、そこが決定的なズレになっています。あからさまに書いていない部分ではありますが、特区顧問とハゲタカは一種のパートナーシップ関係でありながら、その利害は完全に一致していません。もっと言えば、カナタはビジネスパーソンというよりむしろ政治家に近いのです。

 

村上 確かにカナタには、金を動かしているというより、権力を動かしているという感じがしますね。

 

ジョンメリの萌え化

 

村上 とはいえ白亜もカナタもノベライズでは脇役なので(笑)、朱光にも再びスポットを当てましょう。彼女のモデルになったような人物はいるんでしょうか?

 

佐藤 1998年に破綻した、ロングタームキャピタルマネジメント(LTCM)というたいへん有名なヘッジファンドがあって、それを作ったのが元ソロモンブラザーズのジョン・メリウェザー、通称ジョンメリと業界では呼ばれている人物です。このヘッジファンドは、ノーベル賞学者やFRBの元副議長など、頭脳と政治力を兼ね備えたまさにドリームチームだったんです。それがアジア金融危機の煽りを受けて、一気に失墜するんですが、そのLTCMをなんとかネタに使えないかなということは以前からずっと思っていて、今回満を持して扱ったという感じですね。このモデル関係は些細な伏線にもなっていて、朱光の使っているワークステーションには童話『眠り姫』に出てくる妖精の名前がついているんですが、その1人がまさにメリウェザーなんです。

 

村上 黒髪で華奢な車椅子の美少女の元ネタがLTCMだったと。

 

佐藤 現実離れしたキャラクターだからこそ確固たるモデルが欲しいという事情はありましたね。また近ごろは三国志や戦国時代を元ネタにした萌え作品がいっぱいあるし、その中にジョンメリの萌え化があってもいいだろうくらいの気持ちで(笑)。

 

村上 本編では小間使いのようなキャラクターだったケビンも、ノベライズでは存在感が格上げされましたね。

 

佐藤 あっと驚くメインキャラ昇格ですね。絵もついてイケメンになりました(笑)。本編で白亜の補佐役をやっていたぐらいだから、元々メインを張る実力は持っているし、その点では無理やり使ったというような違和感はありません。ただし、本当の実力者、たとえばピーター・エリクソンのような「凄腕」とケビンの間には、日本プロ野球のレギュラー選手と、殿堂入り確実なメジャーリーガーくらいの格差はあるので、はっきりとした一線を引きつつ、それに見合ったドラマ作りは心がけました。

 

経済ドラマのリアリティ

 

村上 ゲーム本編ではあまりなかった、外資との対決感がノベライズにはありますね。ユーライアス社とハゲタカと投資委員会という三すくみの中にあって、いかにもアメリカ外資みたいなエリクソンが存在感を放っている。これがないと物語が成立しないというくらいの重要な動きをしています。
また、そういった動きは現実の状況に即している部分も大きいと思いますし、現在でも特にアベノミクスがどうだと言われている中で経済に興味を持ち始めている読者も増えているように感じます。ノベライズがこうした読者の知的好奇心と実際の経済との橋渡しになるような作品として受け入れてもらえればよいですね。

 

佐藤 そう思います。物語を構成するリアル経済の部分をピックアップすれば、ちょっとした副読本くらいは作れる余地はあるでしょうね。同時にリアル経済と、物語上必要とされたフィクションの違いを解説するようなかたちで。

 

村上 結構違いはあるものですか。

 

佐藤 ありますよ。さっきも言いましたが、ピーター・エリクソンが企業買収テクニックにも卓越している描写とか(笑)。

 

村上 ああそうか。エリクソンは債券トレーダー出身だから、本当は専門性で言うとバイアウトビジネスとは関係ないんですよね。

 

佐藤 それが『ファウスト』世界、特にノベライズでは、ある種の武術のようにマーケットプレイヤーの心得のごとく描かれています(笑)。専門家に突っ込まれたら「ここはフィクションです」という点は多々あるのですが、完璧なリアリズムと面白さ、わかりやすさは往々にして相反しますしね。最初は僕もそのバランス感覚に悩んだ時期がありました。でもあるとき、『キャプテン翼』のことを思い出して吹っ切れたんです。

 

村上 『キャプテン翼』ですか。

 

佐藤 ええ。『キャプテン翼』にはゴールネットをボールが突き破るという有名なシーンがありますよね。多くの少年読者の心をわしづかみにしたあの破天荒な描写は、作者の高橋陽一さんがサッカーに詳しくなかったからこそ描けたのだというエピソードです。同じサッカー繋がりで、『少林サッカー』を観て「リアリティがない」という文句は誰も言わないじゃないですか。その点『ファウスト』はまだまだ『少林サッカー』ほどはじけてないと言ってもいいくらいです(笑)。

 

村上 確かに金融用語って必殺技っぽいんですよね。金を使って実際に魔法のように影響力を行使するので、少し中二病っぽいところはあると思います。魔法が登場するわけではないのですが、まさに現代の魔法として、一般の読者の想像力を超えたところで力を発揮しているジャンルが「経済」でもある。

 

【第5回につづく】