2013年11月25日(月)

アニメのゆくえ201X→ 第7回 Re:animation代表
ちへ氏インタビュー「アニメ・人・音楽、そして街
――拡大する「リアニ」現象」

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000年代、デジタル化によって、アニメの映像表現や制作環境は大きく変わりました。次の10年でアニメはどのように変わるのか? アニメ作品をとりまく様々な場所で活躍するキーパーソンへのインタビューを通じて、その変化の萌芽をさがす連続インタビュー企画「アニメのゆくえ201X→」。今回は、全国的に盛況な「アニメソング×クラブ」の流行の中にあって、独自のスタイルを貫き続けている都市型野外DJイベント「Re:animation」にスポットを当てます。
アニソンとダンスミュージックをフラットに楽しむ場として2010年に初開催され、2012年10月で4回目を迎える新宿・歌舞伎町の大規模クラブパーティは、アニメ『交響詩篇エウレカセブン』のいちファンの手による「オフ会」からスタートしました。多くの賛同者を得て拡大を続けてきたイベントの核には一体何があるのか。Do It Yourself 精神と歌舞伎町への感謝を胸に運営を続けるRe:animation代表のちへさんに、イベントの理念や今後についてお話をお聞きしました。

ちへ

chihe

1981年生まれ。2006年『交響詩篇エウレカセブン』のファンを集めたオフ会をきっかけに、クラブイベント「GEKKO NIGHT」を主催。2010年より「Re:animation」代表を務めている。

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Re:animationができるまで

―― まずは、Re:animationの成り立ちから教えてください。最初期はオフ会からスタートされているんですよね?
ちへ そうですね。テレビアニメの『交響詩篇photo1エウレカセブン』が好きな人たちで集まって飲もうよとmixiで声をかけて。最初に募集したのは20人くらいだったんですが、放送が終わって半年が経っていたにもかかわらず希望者が40人ぐらいいて、じゃあもう一回やりましょうということになったんですね。そこで、どうせ人が集まるならお店を貸し切りにして、BGMも自分たちで選んでやれたら楽しいだろうなと思って、お店に我儘を聞いてもらって。すると、初めて会った人たちがアニメ本編のセリフを言い合ったりして、すごく盛り上がったんです。これはもっといけるんじゃないかということで、せっかくだからクラブを借りてDJを入れてやってみようと。新宿のライブハウスを使って100人くらいでGEKKO NIGHTというイベントをスタートさせました。
―― 元々、クラブイベントには興味があったんですか?
ちへ 僕自身はどちらかというとライブハウス寄りなんです。サマーソニックなどのロックフェスにはよく行くんですけど、クラブにはイベントを主催するようになって初めて行ったくらいですね。
―― GEKKO NIGHTを始められたときには、クラブでアニソンをかける流れというのは既にあったんですか?
ちへ 確かGEKKO NIGHTを始めた前後に下北沢でDENPA!!! が始まっていたはずなので、そういった気運はあった時期だと思います。ただ、僕らのイベントはアニメファンのオフ会でしたから、ちょっとノリが違うところもあって。オフ会って、例えば100人募集して希望者が100人来たらそこで締め切らなきゃいけないですけど、クラブ風にやれば入場制限をつけなくて済む、というところが大きかったんですよね。ただ、全体的には「アニソン×クラブ」という流れがあったことで、僕らのイベントもすごく盛り上がっていけたところはあると思います。
―― どういった盛り上がり方だったんですか?
ちへ イベントの回を重ねるたびに人が増える感じでした。最初にやったハコは一回目で参加者を溢れさせてしまって、次にキャパ200人のハコでやっても2回ほどで収容し切れなくなって。この規模がもうオフ会としてやっていた最終期ですね。その頃にはお忍びで『エウレカ』の主題歌を担当されたNIRGILISさんが遊びに来たり、監督の京田知己さんや、ホランド役の藤原啓治さんがいらっしゃったりしていて。
―― 激アツじゃないですか!
ちへ たまたま劇場版『エウレカ』の収録スタジオがハコの近くだったらしいです。もちろんはっきりとは仰っていませんでしたけど、そうなるともう、ファンとしては次もやらなきゃいけない感が出てしまうじゃないですか(笑)。そこから新宿の老舗ライブハウスの新宿LOFTに会場を移して完全に音楽イベントとしてやろうと。やっぱり200人くらいの規模までがオフ会としての限界かなと思っていましたし、そうして規模が広がると恐らく参加者の半分以上は初見になるはずなので、その頃からちゃんとイベントとして組み立て始めました。お忍びではなく正式にNIRGILISさんにオファーを出したりして。それが2、3年くらい前ですね。
―― その後、それほど盛り上がったGEKKO NIGHTというイベントに、いったん区切りをつけられたのは何故ですか?
ちへ ものすごく単純に言うと『エウレカ』というコンテンツで人が集まること自体に、目新しさがなくなったというのはありますね。やっぱり劇場版がひとつの区切りだったと思うんでphoto2すよ。劇場版が終わるまではということで頑張って続けて、それが全5回で終わって「次はじゃあどうしよう」と。800人くらい人が集まってしまって外に溢れてしまったくらいなので、次に行こうとするとAIRとかAsia、wombやUNITとかになるわけですけど、今までやっていた新宿から離れたくはなかったですし、そもそも自分たちがやるイベントとしては、そういったところでやるのはなんか違うよねという話になって。
―― それはどういった「違い」だったんでしょう?
ちへ GEKKO NIGHTは広いステージで色々やりたいということで、ずっとライブハウスを使ってきたんですよ。逆に言うとDJ機材は弱かったので、みんなで持ち込んでやっていたんです。VJのプロジェクターやスクリーンも自分たちで吊ったりと、DIY感がすごくあって。そういうところに人を割くことで、参加者みんながスタッフです、という感じでやってきていたので、ハコに入ったら即イベントできますという環境はどうなんだろうと思ったんですね。スピーカーを担いでヘトヘトになりながら準備するところも含めて僕らのイベントなので、その感じは無くしたくないよね、と。

歌舞伎町がアニメファンでいっぱい?

―― そこからさらに飛躍して、野外イベントとして歌舞伎町でRe:animationを始められるわけですが、どういった経緯だったんですか?
ちへ 次はどうしようか考えていたときに、参加者の一人が僕のmixi日記に「野外いつかやりたいです」と書いていたんですよ。僕もロックフェスによく行くくらいなので野外は確かに魅力的だなと思って、ダメ元で色んな場所を当たり始めたんです。でも、その頃たまたま野外レイブがやりづらくなっていた時期で、会場探しがすごく難航して。ガンダムが立っていた跡地っていいよね、ということで潮風公園に連絡をしたらイベント開催枠が減らされていて断られたり、代々木公園もそういったイベントはいったんphoto3禁止ということになってしまっていて。どこもほとんど門前払いに近かったですね。電話をかけたら即アウトで企画書すら送れない、みたいな。そうやって十数か所当たって断られて、といったときに、ふとYouTubeで六大学の応援合戦を見たんです。秋に開催される歌舞伎町祭りの企画で、六大学の応援団が街中をパレードしたりするんですけど、旧コマ劇場前広場で和太鼓とかをガンガン叩いてるんですね。これだけ音が出せるならイケるんじゃないかと思って、歌舞伎町に連絡をとりました。
―― それまで歌舞伎町は会場の候補には入っていなかった?
ちへ あのシチュエーションで大きな音が出せるなんて思ってもいなかったですね。でも自分たちもオフ会の頃から新宿でずっとやってきていましたし、これは何かの縁だということで、今までのイベント実績をまとめて広場を管理している歌舞伎町タウン・マネージメント事務局に持っていったんです。そこで本当に運がいいことに、ちょうどこういった音楽コンテンツを求めていたということで、手伝っていただけることになりました。
―― どういった点が求められていたんでしょう?
ちへ 既に建物だけ残してコマ劇場がなくなっていて、映画館もミラノ座ひとつになって。小劇場もどんどん潰れて。そこで、何かあの広場を使ってできないかと考えていたところだったらしいです。あとは、これはスタジオカラーさんに頭が上がらない話なんですけど、僕らより先にあの場所で『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』のイベントをやられているんです。でっかいエヴァの像を建てて、グッズを配ったりしていたんですが、そのイベントでのアニメファンの印象が歌舞伎町側にとってむちゃくちゃ良かったらしいんですよ。すごく礼儀正しく粛々と進むイベントを見て、普段から歌舞伎町に来ている客層とは明らかに違うと。そういったことがあったので、アニメファンの音楽イベントだったら大丈夫じゃないかということで許可が出たという。
―― 歌舞伎町にとっていい意味で異質というか。アニメファンのリテラシーは高いというイメージがあったんですね。
ちへ あの広場は色んな国の人がイベントをやっていたりしていて、お国柄によってはちょっとやんちゃなことをやってしまう方もいたみたいで。その点、若いアニメファンは割り込みはしないし、配っているグッズが品切れでも文句を言ったりはしなかったので、とにかく歌舞伎町としてはすごく印象が良かったみたいですね。
―― 歌舞伎町というとやっぱりアニメファンにとっては少々敷居が高いイメージがあるんですが。最初に開催地を聞いたときは少し驚きました。
ちへ 僕も関西出身ですから、最初はやっぱりテレビなどのイメージしかなかったですね。『龍が如く』的な(笑)。学生の頃に就職活動で上京したときに初めて散策したんですが、昼間だったので雰囲気も何もわからなかったですし。ただ、オフ会を続けていくうちに、意外と歌舞伎町にアニメファンが来る機会は多いと気付いたんです。オフ会って規模が大きくなると50人がボリュームゾーンで、100人から200人と増えていくわけですけど、秋葉原や渋谷だと100人が入れるお店ってなかなかないので、自然と新宿で集まることになるんですよね。何しろむちゃくちゃ安いということもありますし。そんなとき、集合場所にはあの広場が最適なんですよ。別のアニメのオフ会で100人くらい集まっていたときに、僕らとは違う集団もあの場所で待ち合わせをしていたりして、それもアニメファンだったりとか。
―― むしろアニメファンには馴染みの場所だった?
ちへ GEKKO NIGHTもずっと新宿でやっていて、全然抵抗もなくなっていましたから、Re:animationの歌舞伎町開催についても大丈夫だという確信があったんです。でも案外、始めてみたら「えっ!?」という反応が大きかったですね。相変わらずみんなにとっては桐生一馬が悪党とぶん殴り合ってるイメージなんだろうなと(笑)。
―― 歌舞伎町という「場所」のメッセージがRe:animationには必ず入っていますが、そういった縁を大事にされてのことなんですね。
ちへ 縁もそうですけど、この場所でできることは本当に嬉しかったですし、運も良かったんです。今の区役所の担当さんが、すごくクラブイベントに理解のある方で。朝まで踊って広場でぶっ倒れて、近場で朝ご飯を食べてそのまま出勤するような生活を若い頃にされていたらしくて(笑)。そんな方なので、歌舞伎町はこういうものだというイメージがしっかりあるんですね。イベントを是非とも盛り上げようと、商店街への挨拶や警察・消防署への申請もすごく手伝ってくださって。そうやって動いてくださる方への恩返しができたら、ということで、Re:animationのパブリシティには地域振興の色を必ず入れるようにしています。確かに反応が鈍いことは否めないんですけど、頑張ってやっているところですね。
―― 2009年の12月23日にRe:animationを始められるにあたって、『エウレカ』のファンイベントとしてでもなく、クラブ寄りというわけでもない、更にフラットな方向性を定められましたよね。その点に不安はありませんでしたか?
ちへ 『エウレカ』という基点からどれくらいの距離まで参加者がついて来てくれるのかは、一番気にしていました。GEKKO NIGHTを終わらせたのはアニメ本編が終わって時間が経ってしまったという以外に、単純にイベントとしてマンネリ化してくるということもあって、当時から既に『エウレカ』をかなり拡大解釈してやっていたんです。例えばアニメ本編に「トレゾア」という言葉が出てくるんですが、元ネタはドイツのテクノレーベルの名前なので、そのレーベルのアーティストの曲を引っ張ってきてかけるとか。それでも、会場にいる中にはわかる参加者が必ず1~2人はいて、後ろの方から悲鳴を上げて前に突っ込んできたりするんですよね。そうやって続けてきてはいたものの、やっぱりアニメのオフ会の色が残っている以上、作品をある程度わからなければいけない。でもどこまでが楽しめる範囲なのかわからない、ということで、じゃあ『エウレカ』という単語を単純に「アニメ」に置き換えようと。GEKKO NIGHT自体、そもそもアニソンをかけなくてもいいというスタイルは既に出来上がっていたので、あとはDJの解釈で自由にやろうということになったんです。
―― それについては、『エウレカ』という作品から始まったイベントだということは大きいですね。
ちへ すごくラッキーだったと思いますね。『エウレカ』のファンは基本的にアニメも音楽も好きな人なので、そういった人たちに向けて思い切って自分のDJスタイルで一番楽しいと思うプレイをすれば、それが心に響くような面白い参加者は必ず一定いるはずだと。それが『エウレカ』で成り立っていたんだから「アニメ」に置き換えてもきっと大丈夫だということで、そこに絞ってやろうというのが最初のテーマでした。
―― 実際にRe:animationをやられてみて、手ごたえはいかがでしたか?
ちへ DJがどこまでやっていいのかということphoto4について、そういうテーマだったらじゃあ俺はこれをやる、あれをやる、とそれぞれ考えてくれて。例えば、50歳になるサイケDJのhideさんという方が、1曲目から5曲目までずっとジェフ・ベックの、しかもすごくマニアックな音源をかけたんですよ。最初は参加者もポカーンとしていて。彼が言うには、新宿はウッドストックの影響を受けて日本で初めてロックイベントが開催された場所なんだと。その初期体験があるから俺はこの曲をかけたいんだと言っていて。それから始まって展開していく中で、アニソンのリミックスもかけて彼なりのアニメへのつながりというものを見せつつ、最後にはきっちり参加者を上げたんですね。ちょっと賭けだったかもしれないですけどGEKKO NIGHTの『エウレカ』の拡大解釈のさらに向こう側まで踏み込んだ形を見せてくれた感じで。
―― 最初にRe:animationの振れ幅がどこまでなのかということを実験してやってみせたんですね。ロックでもテクノでも、もちろんアニソンでも構わないと。
ちへ Re:animation3ではヒップホップのスタイルが増えましたけど、アニソンを入れた時点でBPMなんてあってないようなものですし、ジャンルも一口には言えなくなるので、特にダンスミュージックや四つ打ちにこだわる必要は全然ないと思ってます。

「アニメファン」と「音楽好き」の間で

―― 話はちょっと変わりますけど、ちへさんご自身は『エウレカ』以外だとどんな作品がお好きなんですか?
ちへ これを観てアニメファンになったという作品は『マクロス7』ですね。アニソンとしても好きで『突撃ラブハート』は今聴いても上がります。そこから入ったので、ビッグウエストやサンライズの絡んだロボットアニメは大好きです。『エウレカ』の次は『コードギアス 反逆のルルーシュ』にドハマりして、この作品でも毎月オフ会をやっていましたし、BONESさんだと『忘念のザムド』も。あと、アニソンというくくりであれば岩崎琢さんですね。ワールドミュージックの人なのかなと思ったら全然違うスタイルだったりするじゃないですか。劇判にはとんでもない人が演奏に参加されていたり。面白いですよね。
―― ロックフェスにもよく行かれていたとのことですが、音楽はどのように摂取してこられたんですか?
ちへ 高校生の頃は新星堂信者でしたね。たまたま近所の店舗でレコメンドを書いている人と耳が合って、この人が推しているものなら何でも聴いてみようということで休日は一日中お店に入り浸って、試聴機に入っているCDを片っ端から全部聴いてポップを読んで。音楽が好きな人はだいたい近いことをやってると思うんですけど。
―― 僕自身がいわゆる大学デビューで、バンドなんかを始めたことでアニメを観ない時期があったのでお聞きするんですが、ちへさんも音楽は音楽で別の世界で楽しんでこられた感じですか?
ちへ 僕も大学の頃はアニメは下火でしたね。クラスにはアニメファンの友達がいたんですが、サークルに行くと話す内容は音楽寄りで、全然違っていました。ちょうどロッキンオン系が盛り上がっていた頃で、NUMBER GIRLやくるり、SUPERCARにハマっていて。でも今だと、今期のアニメで誰が可愛いのかという話をした後に、そろそろフジロックだね、みたいな話になったりしますね。
―― アニメと音楽への思いがうまく融合して、今のRe:animationという大きな流れになっているように思うんですが、スタッフや参加者にもそういったスタンスの方は多いですか?
ちへ 僕自身がアニメと音楽どちらも好きだという人間ですから、そういう人種は他にも結構いるんじゃないかと思ってはいましたけど、今はさらに目立つようになってきたと思います。少し前にチャラいアニメファンというのが叩かれたりしたことがありましたよね。そういった「アニメが好きです」とは言いづらい時期を経て、生粋のアニメファンからライトな層への目線はちょっと変わってきたように思います。逆に、音楽好きはアニメファンに対して、アニメとかphoto5何だよ気持ち悪い、みたいなこともあったわけですが。そのどちらにもちゃんと属せずに浮いていた存在が、ネットのお陰で可視化できるようになったという感じなのかなと。mixiのようなSNSが普及して、プロフィールに「アニメも音楽も好きです」と書けたり「音楽好きなオタク」というコミュニティが作られたりしたことで、これだけ仲間がいるんだと気付くことができて。
あとは、やっぱり『エウレカ』という作品が、そういったファンのツボをうまく掴んでいたんですよね。熱い話が好きでずっとロボットアニメを追い掛けてきて、実は同じ時期にSUPERCARは聴いている、という。そういった人たちの中にポンと入ってきたのが『エウレカ』だったんですよ。
―― 確かに、『エウレカ』本編を観ていてSTORYWRITERのイントロが流れた瞬間は「おお!」となりました。
ちへ そういった、音楽が好きでアニメも好きだという方は一定いるはずなので、僕らがRe:animationをやる前から「屋外でアニメソングイベント」ということは誰もが一度は考えたことがあるんじゃないかと思うんですよね。でも当時は場所がないこともありましたし、周りの視線もあってできなかった。僕らが一番手で、自分たちが好きなこととして実現できたのは、本当に良かったなと思いますね。
―― ちへさんが考える「アニソン」ってどういうものですか?
ちへ やっぱりアニメのために作られたというところが肝ですよね。関西のアニメファンは知っていると思うんですが、僕も昔から、ラジオ関西の「青春ラジメニア」というラジオ番組のヘビーリスナーだったんです。ちゃんとイントロからアウトロまでアニソンをかけてくれるアツい番組なんですが、用語として「主主主」という概念があるんですね。「主題歌主題歌した主題歌」ということで、水木一郎さんが「ゼーット!」と叫ぶようなものから、T.M.Revolutionさんが『機動戦士ガンダムSEED』のために作った『INVOKE』まで、必ずしも昔懐かしい曲だけではなく歌詞までちゃんと見て、そのアニメ作品のために作られたかどうかということの基準があるんです。その番組のラジオリスナーは信者に近い感じで、僕も昔はそうだったんですよ。「『そばかす』とか、何だこれ」と思っていた時期もあって(笑)。
―― タイアップが増えてきた頃のアニソンには、抵抗を感じるファンも多かったみたいですね。
ちへ もちろんいい曲ですし、今聴くとちゃんと盛り上がるんですけど。そういった流れへの反動があったんですね。今はそういう乱暴なタイアップが減って視野も広がっているので、「作品の思い入れの受け皿」といった感じが近いですね。アニメが放送されている3か月から半年の間、動く絵と一緒に聴くものですからやっぱり憶えちゃいますし。極端な話ですが、例えばどんな作品か知らないまま作られた曲がコンペで受かって主題歌になっても、その曲を選んだ人の意図があるわけですよね。それがどんなに「違う曲」だったとしても、やっぱりアニメーターさんがちゃんと聴いて、作品の背景を知ってコンテを切って、どうにか合わせてやろうと作っている。そういった、映像と合わさって意味を持った曲がアニソンなんだと思ってます。
―― ちょっとイリーガルな話ですが、アニソンのクラブイベントでは、VJ素材としてアニメの映像を使うことがありますよね。その点についてはいかがですか?
ちへ 僕らはそういったブート映像は使ってないですね。ファンが勝手に使うのはまずいだろうという思いも強かったですし、単純に野外だとVJができないということもあって。ただ、そういった映像を使わなくてもイベントはきっちり盛り上がるんですよ。それはアニメと映像を切り離しているということではなくて、同じアニメを観ている参加者同士には共有体験として映像の蓄積があるので、アニメの映像が実際には出なくてもアニソンが流れれば一緒に盛り上がることができるんです。
―― アニソンのアンセム感はそこにあるんですね。やっぱりカラオケみたいにみんなで歌って盛り上がりたくなってしまう。
ちへ そもそも視覚情報はアンセムの重要な要photo6素だとも思っていて。ダンスミュージックにもその傾向はあるんですよ。すごく有名なPVがある曲だとか、あのイベントのあのシーンで流れた曲、雑誌のグラビアの瞬間に流れていた曲、といったことでアンセムになっていく。「イベントのあのレーザーの感じ、憶えてる!」ということがすごく大事で。ジミ・ヘンドリックスにしたって、ウッドストックの映像をみんなで共有できているからこそ今でも盛り上がるんだと思うんですよね。最近アイドルソングがクラブでも盛り上がっているのだって、ビジュアルやダンスと曲との結びつきの強さがあるからで。そういったことの作りやすさが、アニソンには確かにあると思います。

つながっていく〝面白い人〟たち

―― 今、音楽業界でアニソンの注目度が上がる中で、商業的な意味も含めてイベントの可能性が語られることが多いですが、Re:animationはそういう流れとはまた違う形でイベントを楽しもうとしているように感じます。
ちへ こういう流れの中でイベントをやれているのはラッキーだなと思うことはあります。アニソンの盛り上がりというよりは音楽を取り巻く環境そのものの話なんですが、10年前なんかとは比べ物にならないほど音楽の発掘に使う労力は減っていますし、音楽をやっている人にとっても聴いてもらいやすい環境になっていますよね。好きな音楽評論家をtwitterでフォローしているだけで、情報はどんどん流れてくる。単純にサウンドクラウドをフォローしていれば済む話も多いですし。
ただ、僕がこう言ってしまうと問題かもしれないんですが、その反面で音楽はこの先どうしてもタダになると思っていて。音楽そのもはタダになってもなんとか生活できる方法を考えなければいけない中で、イベントってすごく特殊なんですよね。人が動けばお金が落ちるというのはもう鉄則なので、このスタイルは変えがたいものではあると思っています。
―― その考え方はどうやって生まれたんでしょう?
ちへ オフ会をやっていく上で、100人規模ならどうだろうとか、200人なら1000人なら、と見てきたことで、この規模ならこれくらいお金が必要で、イベントで何ができて、リターンはこれくらいで、ということを勉強させていただいた結果ですね。正直言って運営だけでギリギリのところですが、とにかく「この規模でもできるじゃん」という確信は今ではなんとなくあるんです。
―― Re:animationはほとんどがボランティアスタッフの皆さんで運営されていますよね。
ちへ そうですね。演者を入れて70人くらいのスタッフが動いています。30人くらいが演者兼スタッフで、普段の準備をするのが30人くらい。あとは当日だけお手伝いをしてもらう方が20~30人ほどです。どこか大きな資本が入っているわけではないので本当にDIYですね。パイオニアさんから機材をお借りしたりと協力いただいているほかは、未だに持ち寄りでやっています。こういう場所を作ることに楽しみがある方ばかりですから、それがマイナスに働くことは全くないですけど。そうでなければ10時間のイベントを完走し切れないですよね。
―― イベントの運営にあたっては、やはりお客さんのリテラシーも求められますよね。
ちへ 毎回、開催一週間前になるとサイトに、photo7あれをするなこれをするなとお小言が載り始めるんですよ。当日もtwitterでさんざん注意が流れてくる。それをちゃんとある程度追ってもらって、そうでなくても周りがどう振る舞っているかを見て、どういうイベントなのかをわかってもらえればと思っています。他にも例えば、自分たち運営側だけでもあの規模なら後片付けはできるんですが、前回はグリーンバードさんやJ-CHEERさんなどの清掃ボランティア団体の方々に参加してもらうことで、クリーンなイベントにしたいというメッセージを出しているつもりなんです。一番気を遣っているのはそういったところかもしれないですね。みんなで作って守っていこうと。逆に、守れない人は来なくてもいい。騒ぎたいだけなら自分たちでそういうイベントを主催してやってくれと。
―― Re:animationを楽しんでくれるのであれば、協力もして欲しいと。
ちへ イベントの音楽ジャンルについてスパっと割りきっている部分にしても同じことなんです。アニソンだけで盛り上がりたい人には退屈な時間が絶対にあるし、歌舞伎町の屋外でテクノが鳴っているなんてすごいシチュエーションだし行ってみよう、とふらりと来た人にはすごく恥ずかしい時間があるはずなんですよ。だからこそ、そういうイベントだとわかって垣根なく楽しみに来てくれる方や、片方しか興味がなかったけどちょっと面白そうだし、乗っかってみるか! と思ってくれる人には最大限のパフォーマンスを返したいと思っています。こっちはただもうお願いをする立場なので、そのメッセージがまず伝わってくれたら嬉しいですね。
―― これまでのRe:animation開催を踏まえて、ちへさんとして課題はありますか?
ちへ 今、プレイヤーであれ運営スタッフであれ、やりたいですと言ってくださる方は、ほぼ確実に面白い人なんですよ。僕が企画を立てて、その設計図を元に何かをするというよりは、面白い人が来てくれて、その人が面白いままのポジションをどうやったら作れるかということだけでイベントが回っているんです。みんな、ちゃんとRe:animationで何がやれるのかをイメージできている。あの環境を見た上で願い出てくれているわけですから、まあ肝も座っていますし(笑)。コンテンツ面には全く心配がないんですが、苦しいのはそういった人に何が返せるのかなというところですね。たくさんギャラが払えるわけではないですし、ちゃんと運営して、いいイベントにしていくほかない。あの曲のときすごい盛り上がってたね、良かったね、というだけではなく、あなたの出たあのイベントはすごくいいよね、という評価でもって恩返しをするしか今はなくて。
―― Re:animation3のラストでSEKITOVAさんが号泣していたのは印象的でした。あれは本当にやり切って、イベントに出られて良かったという嬉し涙でしたよね。
ちへ 本当に、関わって嬉しかったということくらいしかないんですよね。ガンガンPRできているわけでも、メディアの露出が多いわけでもない以上、どこかのハコに遊びに行ったときに「あのとき良かったです!」ということで話ができて繋がり合えるところでしか、まだ恩返しができていないということでもあって。アニクラ界隈は広がっている中で、僕らが単発で1000~1500人程度なので、まだまだ広げていける気がするんですよ。実際本当に楽しくて、広げていくことに味を占めてしまったので(笑)、これからだ、という気持ちが湧いてきているところですね。
―― イベントを拡大していくにあたって、若い仲間を育てるような感覚はあるんですか?
ちへ 育てるというより、既に面白い人がたくさんいるので、末恐ろしいですよね(笑)。それこそネットレーベルを運営しているような今の若い世代はどういう世界を見ているんだろうと思います。僕らのころはピコピコのMIDI音源を一晩かけてダウンロードしてはBBSにコメントを残すような文化だったじゃないですか。今はどういう文化なんだろうって気になりますね。僕は演者側ではないので、まだ危機感がゆるいのかもしれないですけど。
―― アニメの見方にしろ、メディアの受け取り方にしろ全く違う感じはありますね。
ちへ ネットのお陰で誰かと繋がるのはすごく早いので、広告代理店の中の人とうまいこと知り合って、代理店も会社も抜いて動いたりするのが当たり前になって、20歳そこそこですごいことをするような人が出てくるんじゃないかとか。そうなると何が起きるんだろうと思いますね。
―― 「僕も手伝うよ」というだけの繋がりで、どんどん大きくなりそうですね。
ちへ 僕らの場合は運よく新宿区で理解のある方に出会えたわけですけれど、これが東京都だったら、あるいは経産省だったらどうなるんだろうと。その流れが現実味を帯びている感じもしますし。僕は無謀なところに企画書を送るのが好きなんですが、ネットを経由した横のつながりでもっとバンバン動ければ、さらに意外な人が釣れるのかもしれないですしね。ビックリ箱を開けるまでの仕込みや準備が、今でも水面下で起きているのかもしれない。
―― それはでも、すごく楽しみなことでもありますよね。
ちへ そうですね。アニメがきっかけだったのは、そういう意味ですごく強いとも思っています。アニメは中学・高校とマイナーな趣味で、当時はそんなに胸を張れませんでしたけど、逆に共通体験として「お前もそうだったのか」というのはすぐに繋がる理由になりますよね。今のphoto8アニソン、ひいてはアニメの盛り上がりって、そういうパワーを受けている気がします。40歳を過ぎたおっちゃんと17歳が同じステージに立てるなんて、アニメの繋がりがなければまずできなかったんじゃないかと。そういう意味では、やっぱりオフ会なんですよね。悪巧みをみんなで、世代を超えてニヤニヤしながらやる。それは多分、オフ会のノリそのものなんだろうなと思いますし、参加者にも一緒にニヤニヤしてもらえたらいいなと(笑)。

Re:animationのゆくえ

―― 次回のRe:animation4について、準備のほうはいかがですか?
ちへ 日時と場所の確保はできているので、後はお金の工面ですね。最近やっぱりこれがネックで、3のときと同様に今回もクラウドファンディングサイトを使って事前に決済してもらうことで、イベントより先にちょっとだけ手伝っていただきたいと。経費の全額は無理でも、前納金の半分くらいは集まってくれたら……まあ集まらなくてもなんとかやるとは思うんですけど「手伝ってくれたら超助かる!」ということで(笑)。
※支援金の受付は終了しました。
―― Re:animation3を5月に開催して、今回は10月開催ですね。スパンを早めていこうという考えはあるんですか?
ちへ 今回スパンが早いのは11月であの広場が工事のために使えなくなるからなんです。歌舞伎町のイベントとしてあのシチュエーションで開催できるのは実はもう最後なんですよね。建て替え工事が2~3年とのことなので、それだけ経てば全然違う風景になっているはずなので。もちろんイベントを畳むつもりは全くないので、今は次の場所を探している最中です。
―― もう目星がついていたりするんですか?
ちへ まだ全然です。とにかく野外レイブということは変えられないところだと思っているほかは、やっぱりビル群が見たいんですよ。駅から遠いと単に移動が面倒だから嫌だということもあるんですが(笑)、アクセスがいいところでやると広がりが生まれますしね。オフ会から入って、普段からテクノやロックを聴いていたわけじゃないアニメファンでもちゃんと楽しめるイベントになったとは思うんですが、そういう人にじゃあ幕張メッセでやるので来てくださいとは言いづらい。山の中に入ってやる、というのも気持ちいいんでしょうけど……。Re:animationとしては違うかなと。ustreamを観て「何だこれ!」と思った人がすぐに来られるくらいの範囲でやりたいんですよね。
―― できれば山手線圏内で?
ちへ そうですね、できれば。でも本当はやっphoto9ぱり新宿から離れたくないんですよ。地縁もできましたし、何より歌舞伎町はこれから本当に大変な時期に入るんですよ。今でさえコンテンツに悩んでいるのに、工事が始まればもっと難しくなってしまう。戦後の焼け野原から演劇で立ち上がってサブカルの発信拠にまでなったという歴史もあるので、そういった面を取り戻したいという思いを持っている人も多くいます。僕らは、そんな街中であんな爆音を出してこれだけ良くしていただいているんですから、土地との真摯な関わり方にはやっぱりこだわりたい。自分たちが1000人でも2000人でも、普段は来ない人たちを連れて来たい。それができるんじゃないかと思ってますし、できるだけ新宿でやる方向で知恵を絞ろうと。
―― Re:animationを広げていく上では、やはり歌舞伎町は切り離せないと。
ちへ イベントを続けようと思うと、規模感を合わせていかなければいけないので、収容人数や安全性の観点から、ある程度割り切らないといけないことではあると思います。ただ、ネットでの繋がりが多くなっても、やっぱり土地の持っている力がすごいものだということは感じているんです。僕らのオールミックス感というか、「なんでもあり」が許される空気というのは、この新宿という街の色そのものだと思っています。