2013年11月24日(日)

アニメのゆくえ201X→ 第6回
アニメ監督 新海誠氏インタビュー
「デジタルツールとアニメ表現」

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000年からの10年間は、アニメーション制作環境デジタル化の10年だったといっても過言ではありません。デジタル化は、かつて「CG」と呼ばれたデジタル画像がセルやフィルムに取って代わったというだけではなく、私たちがそれまでは見ることのできなかった新しいアニメ映像を産み出し、表現や演出の幅を広げ、制作体制や発表方法にまで変化をもたらしました。そして、それを可能にしたのがPhotoshopやAfftereffectのようなソフトウェアと、それを使うためのハードウェア、デバイスの進化であったことは、いうまでもありません。
「アニメのゆくえ201X→」第6回は、いち早くデジタル技術によるアニメーション制作に取り組み、その映像表現で多くのクリエイターにも影響を与えてきたアニメーション監督、新海誠さんにお話を伺います。デジタル作画には欠かせないワコムの最新ペンタブレット「Intuos5」をスタジオに導入したばかりの新海さんに、デジタルツールとの関わりと、アニメ制作におけるデジタル技術の可能性について伺いました!

新海誠

Makoto Shinkai

1973年長野県生まれ。yukue_kotonoha2002年短編作品『ほしのこえ』にて商業デビュー。新世紀東京国際アニメフェア21「公募部門優秀賞」はじめ多数の賞を受賞。2004年初の劇場長編作品『雲のむこう、約束の場所』で第59回毎日映画コンクール「アニメーション映画賞」を受賞、国内外で高い評価を受ける。2007年連作短編アニメーション『秒速5センチメートル』劇場公開。イタリアのフューチャーフィルム映画祭で「ランチア・プラチナグランプリ」などを受賞。2011年最新作『星を追う子ども』が全国で上映。2012年第8回中国国際動漫節「金猴賞」優秀賞を受賞。同年内閣官房国家戦略室より、「世界で活躍し『日本』を発信する日本人」として感謝状を受賞 。2013年、最新作『言の葉の庭』が全国で劇場公開された。

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デジタル技術が生んだアニメ監督・新海誠

―― 今回(2012年3月時点)、新たにIntuos5をスタジオに導入されましたが、新海さんのこれまでの作品制作においてもデジタルツールが占める役割は大きいものだと思います。そこで、まず新海さんとデジタルツールとの関わりから伺えますでしょうか。
新海 小学生の時に国産の8bit機であるSHARPのMZ-2000にshinkai_photo1触れたのが最初です。その頃はまだマウスすらなかったので、座標を指定するようなプログラムを自分で作って絵を描いていました。マウスに最初に触れたのは高校生の頃、X1turboZというパソコンに付いてきたんです。マウスで操作する付属のグラフィックソフトに夢中になりました。今で言うドット絵の延長のようなものです。
初めてペンタブレットに触れたのは1994年、就職が内定したゲームメーカーにワコムのペンタブレットとPhotoshop2.5があったんです。まだレイヤーが使える前のPhotoshopだったんですが、それで本当に世界が変わりました。大学時代にもPC-9801のお絵かきツールをマウスで使っていたんですが、初めて触れたMacとPhotoshopはそれとは別次元のものでした。メモリの容量や色数の桁が違っていて、筆圧のあるペンで描ける。驚いて夢中になりました。
それからデジタルが面白くなってきて、当時はまだ少ない参考書を買っていろいろ勉強して2年目くらいから自分で簡単なアニメーションを作るようになりました。
―― 1994年頃だとまだPC-9801にフレームバッファを追加しないとフルカラーは出せない頃ですね。
新海 そうでしたね。Windows95が出る前で既にMacは1600万色で、メモリも32MBくらい積んでいたんです。あとはやはりペンタブレットの筆圧感知ですね。ハードウェアの筆圧をソフトウェアが反映して、しかもリアルタイムでアンチエイリアスのかかった滑らかな線が描けるということに本当に感動しました。ハードウェアとソフトウェアが新しいことを可能にするということに痺れた感じです。
―― ゲーム制作の現場では、いわゆるドッターとしてのお仕事はされなかったのですか?
新海 僕は仕事ではギリギリそれをやらなかった世代なんです。メニュー用のアイコン等をドットで描くような仕事はありましたが、急速にCD-ROMのマルチメディアタイトルが増えていく時期で、3DCGやPhotoshopで描いた絵を256色に減色して使うような感じですね。いまは逆に携帯ゲームでドットの仕事もあったりするんでしょうけど、ちょうど狭間の時期でした。
―― その後、自主制作アニメーションの道に進まれますが、新海さんはゲームの経験があったからこそ、最初から抵抗なくデジタルでアニメを作ることができたのではないかと思います。まだアニメ業界がデジタルを導入できていなかった時期にDoGA CGAコンテストで『彼女と彼女の猫』を観てすごく新しさを感じましたが、その作風やビジュアルにデジタルツールが与えた部分は?
新海 大きかったと思います。最初は作れることだけで幸せで、映像という形にさえできれば絵や作品としての新しさみたいなものは重視していなかったんです。最初の数年は、道具の与えてくれる興奮、「このソフトのこの機能でこれができる」とか、「この道具があるからこれができる」ということにただ夢中でした。
shinkai_photo2デジカメも普及してきて、写真を撮るとそれがデジタルのデータになる。自分の部屋等を撮って、当時はまだPCのスペックが低かったので、効率化のためグレースケールにしてタブレットでトレスして絵にしていくと楽しいし作品も早くできる。写真だけではなく、鉛筆で描いたレイアウトや3DCGのレイアウトもとにかくPhotoshopとタブレットで絵にしていく。『彼女と彼女の猫』という作品はそうやって作りました。
現在はスタッフも増えているので、まずは紙にレイアウトを描くところから基本的には始めます。でも自主制作を始めた頃は何が一般的な手法なのかを知りませんでしたし、とにかくツールを触っていれば楽しいので、自分一人にとって最も効率的な方法で作っていたんです。その映像が、結果的に周りから見たらちょっと新しいもの、つまり「これがデジタルで作った絵なんだ」という受けとめられ方をしたというのはあると思います。
―― それ以前だと、DoGA CGAで注目される作品も青山敏之さんの『PROJECT-WIVERN』のような3DCGベースの作品が多かったのですが、新海さんの登場でいわゆる「アニメ」が個人クリエイターの手に降りてきたのを感じました。
新海 3DCGを使うことで個人でもあれだけの映像が作れるということも驚きだったんですけれど、たしかに僕の作品以降、デジタルだけれども手で描いている作品というのが増えていったかもしれません。デジカメやPCでの動画編集もそうですが、予告編が動画で配信できるくらいにインターネットも普及したりと、それを可能にする技術的な環境が揃ってきた時期だったということもあると思います。
「光」で描くことが可能にした色彩表現

―― 『彼女と彼女の猫』はモノクロ作品ですが、『ほしのこえ』における新海さんの映像の色彩も注目される要素の一つだったと思います。
新海 『彼女と彼女の猫』まではモノクロで『ほしのこえ』からカラーになりますが、ゲームの仕事では色を使っていたので、それが初めてのカラー映像というわけではないんです。色彩が注目されたのもデジタルならではのことで、最初からRGBの発光色で絵を描くことで、結果的にそれまでとは印象の違うビビッドな絵になったんじゃないかと思います。紙に描いた絵の具の色というのは反射色で、周囲が暗いと見えませんよね。だからそもそも絵としても原理が違うわけです。もちろん僕ならではのセンスみたいなものもなかったわけではないとは思いますが、最初から発光色で絵を描くということを可能にしてくれたのは、Photoshopでありペンタブレットだったんです。
―― 今でこそ、アニメの背景スタジオでもデジタルツールを取り入れていますが、ごく最近まで、まずは画用紙に水を張るところからというのが基本でしたね。
新海 今でも紙に描くスタジオはありますし、shinkai_photo3絵の良し悪しはデジタルでもアナログであっても変わりませんが、光の表現についてはレイヤーを重ねていくデジタルな描き方の方が得意だと思います。オーバーレイやスクリーンのように、重ね方も色々なモードがあって、描いた絵でさらに下の絵を明るく見せるようなこともできますしね。例えばグラデーションをスクリーンモードで重ねるだけで上から光が当たってるように見えるというのは効果的で効率的な手法ですが、当時、僕の画面に新しさがあったとしたらそういう理由から来ていたのが大きかったんじゃないかと思いますね。
―― デジタルツールならではの表現が、自然と映像や色彩の新しさとして受け入れられたわけですね。
新海 それらはツールを使っているうちに自然と身についたものですが、安易すぎる方法だったとも思います。『ほしのこえ』の画面作りは簡単に真似ができるものなので、実際、その後の美少女ゲームやテレビアニメでも同じような画面が増えていったのですが、逆に僕たちはアナログ的な表現に回帰している感じはあります。本来、デジタルなら拡大すればどこまでも細かく塗れるのを「これが画用紙なら、どこまで細かい筆を使うか」という最小単位を決めて、スタッフ間でブラシを共有したり、絵具も水彩か厚塗りかというイメージ的な部分を共有して作業しています。とらわれすぎるとアナログで描くのと変わらないので、ある程度柔軟にやるようにはしていますが。
―― 確かに、これまでの作品の背景を見ると、『秒速5センチメートル』のデジタルマットペインティング的な表現、『雲のむこう、約束の場所』の水彩調や『星を追う子ども』の趣あるタッチなど、毎回新しいテーマに取り組まれているのを感じます。
新海 集団作業になっているのでshinkai_photo4アナログでやってきた美術スタッフのテイストが出ている部分もあるんですけれど、作品ごとに少しずつ違うコンセプトの背景美術を目指しています。キャラクターデザインとは違ってお客さんはあまり気づいていないかもしれないし、気づかれなくても良い部分だと思ってもいるんですけど。僕たちの背景美術は写真をPhotoshopで加工しているだけと思われることもあるんですが、実際には写真ベースでできることはそれほど多くないんです。あらゆる角度から写真が撮れるわけでもないですし、そもそも写真だと存在するものしか絵にできませんから、ほとんどの場合は正直に描いていくしかない。デジカメのロケハン写真というのは現在のアニメ制作にとっては強力な武器ではありますが、それでカバーできる範囲は実際には限られています。

「デジタル化」の先にあるもの

―― プロダクション的には、作品を重ねるごとに体制は大きくなってきているんですか?
新海 作品によります。『秒速5センチメートル』は関わる美術スタッフも限定して、僕自身が美術監督もやりましたが、『星を追う子ども』では丹治匠さんに美監に入っていただいてスタッフもぐっと増えました。が、どこまでも大きくしていきたいというわけではありません。
―― 制作のワークフローの変化やノウハウの蓄積みたいなものは?
新海 変化していってますね。背景美術に限らず作品ごとに色々なノウハウがたまってはいます。Adobeのツールも、ワコムのペンタブレットも変化していってますから、少しずつ使い方が変わっていく感じです。
いちばん大きいのはブラシだと思うんですけれど、水彩っぽく描けるブラシ、葉っぱを描きやすいブラシなどもう何年もずっと使っているブラシもあれば、10枚くらい描く間だけ使ったものもあって、ちょっとずつ増減しながらトータルとしてはストックされています。
―― プロダクションの中で共有されたブラシがそれぞれ独自進化し、また集約されて熟成するような感じですか。
新海 そうですね。ただ、ツールとか技術が描く絵を規定してきたという話をしましたが、最終的にはコンセプトをどう示すかだと思うんです。『秒速5センチメートル』にしても『星を追う子ども』にしても、ブラシやパラメーターの細かいことはさておき、「今回はこういう美術をやりましょう」というコンセプトが最初にあって、今ではデジタル技術はそのためのものです。
―― デジタルツールが進化するに従って、コンセプトを実現するために技術を使うということが可能になってきたということでしょうか。
新海 まさにその通りですね。最初の頃はただ触っているだけで楽しい状態で、少しでも早く絵ができればいいという作り方だったのが、今はもっと絵そのものをどうやって良くしていくかを考える余裕があります。それに応じて、どうやってツールを使おうかと考えることもできるようになってきました。
―― 手描きの表現とは離れますが、『彼女と彼女の猫』から『星を追う子ども』まで通してみると、雪や桜の花びらのようなパーティクルを使った表現が時を追ってすごく進化しているのを感じます。
新海 パーティクルも、技術そのものは10数年前からあったので、ちゃんと時間をかければ凝ったものができたんですけど、あまりそこを重視していなかったんですね。ただ次の作品を作る時は前作よりも新しい見せ方をしようと考えるので、自然に良くなります。ツールの進化とも重なってはいますけれど、それをどう使いこなすかというところに、ようやく目が向くようになってきたんじゃないかと思います。
―― ハードウェアのスペック的にも、このカットで雪や桜を動かすために物理演算まで使ってみせよう、というくらいの余裕がでてきたような?
新海 そうですね。でも、ハードウェア的には、今は単純に解像度が上がってHDでやらないといけないんです。昔はネットで配信できればそれでよくて、そもそも大きいサイズのムービーが再生できなかったので320×240ピクセルでよかったのが、今は最低で1920×1080ピクセルですから。なので、コンピューターの性能がこの10年で飛躍的に伸びましたが、その分の性能はピクセル数が巨大になったことにほとんど吸収されてしまった感はあります。例えば、Photoshopで数千ピクセルの絵を描いたとして、昔はデータが重すぎて動かなかったけど今は簡単に動くといったことですね。だから2Dに関して言えば、デジタルで絵を描く体験の本質はこの10年でそれほど変わっていないんじゃないかと思うんですね。基本はタブレットの筆圧とアンチエイリアスとレイヤーとアンドゥで、それは10年前からありました。その意味で、新しいIntuos5のタッチ機能には今後の可能性を感じました。
―― これから先、ペンタブレットのような入力デバイスの進化が与えてくれる変化、体験の予感はありますか?
新海 あります。最初はiPhoneだったと思うんですよね。直接画面を触って操作ができる、絵が描けるという楽しみはここしばらくなかった新しい体験だと思います。デスクトップPCのレベルでもshinkai_photo6トラックパッドでマルチタッチ操作をするようなインターフェイスが増えてきましたが、そうすると直接ウィンドウに触っている感覚があるんですよね。この感覚が絵を描くツールの中に導入されていったとしたら、この先何かが変わっていくんじゃないかなと。初めてMacとPhotoshopとペンタブレットに出会った時の衝撃みたいなものが、タッチインターフェイスによって、また別のものとして味わうことができるんじゃないかと期待しています。
―― この10年間で、アニメーションの制作環境がデジタル化を一通り終え、今また「描く」という基本のレベルでの新しい体験がやってくるのでしょうか。
新海 そうあってほしいと期待しています。新しい波のようなものをまた味わいたいですね。それがどこから興るかは分かりませんけれど、やっぱりAppleやAdobeやワコムのようなところからだと僕は思います。デジタルツールが新しい表現を導くという体験を心待ちにしています。