2014年04月02日(水)

電子の歌姫・初音ミク
キャラクターと歌声が出会った日

初出日:2007年11月27日
取材日:2007年11月9日
取材場所:ルノアール新宿区役所横店会議室
取材・構成:前田久・平岩真輔

D

TM(Desk Top Music)。それは、一台のコンピューターがあればバンドやフルオーケストラに匹敵する音楽を奏でることができる、電子の楽器。作曲を支援するDTMソフトが唯一、創り出すことができなかったのが”歌声”でした。しかし近年、「DTMで自在に歌うボーカル」という多くのDTMファンにとっての”夢”が、技術の向上により現実的なものとなりつつあります。
その進化の過程で生まれた一人の”歌姫”――その名は『初音ミク』。高性能なボーカルエンジンに、キュートなキャラクターイラストをまとわせたそのソフトウェアは、DTMの革命であると同時に、キャラクター表現の世界にも新しい展開をもたらす可能性に満ちています。その奇跡の歌姫の誕生秘話を、キャラクターデザイナー/イラストレーターのKEIさんと、開発・発売元であるクリプトン・フューチャー・メディアCPS推進室の熊谷友介さんに語っていただきました。

ぷらちなアーカイブスlogo

ハジメテノコト

―― DTMソフトとしての『初音ミク』の機能については他のメディアで沢山語られていますので、ここではキャラクター『初音ミク』を含むプロダクトデザインのコンセプトと可能性に注目したいと思います。まずは、『初音ミク』の話に入る前に、キャラクターデザイナーであるKEIさんのお話から伺わせてください。2005年にエンターブレイン「えんため大賞」で佳作に入選されていますが、イラストレーターとしてのプロデビューは?
KEI その前に電撃文庫さんから声をかけてもらったのがデビューになりますね。

―― 電撃文庫から声がかかったのは、Webサイト経由ですか?
KEI コミックマーケットです。2004年夏に初めてサークル参加したんですが、その時たまたま同人誌を買ってくれた電撃の編集さんから、後日メールをいただいたという経緯です。

―― イラストそのものは、コミケに参加する以前から描かれていたんですよね?
KEI そうです、今やってるホームページ『KEI画廊』が、明日(2007年11月10日)でちょうど10年目になるんですよ。

―― それはすばらしいタイミングですね(笑)。お仕事ではライトノベルの挿絵を描かれたり、『マジキュー』や『E☆2』といった雑誌にイラストを掲載されていますけれど、今回の「VOCALOID」のキャラクターデザインはずいぶん特殊なお仕事のケースだと思うんですが、最初に依頼されたときはどのように思われましたか?
KEI 最初は、頂いたメールの内容を読んでも何を言っているのかわからなかったです(笑)。
熊谷 そうですよね(苦笑)。
KEI 「VOCALID」といわれても何のことか全然わかんなくて、とりあえずパソコンのソフトのパッケージのイラストを描くんだなぁくらいの気持ちでしたね。

―― クリプトンさんから、KEIさんに依頼されたのはいつごろですか?
熊谷 今年の3月か4月くらいですね。

―― その時点で、クリプトンさんの中では『初音ミク』のコンセプトはばっちり決まっていたのでしょうか?
熊谷 いえ、そんなことはなかったですね。
KEI まだ名前も決まってない状態から絵を描いてましたからね。

―― では、キャラクターの外見の漠然としたイメージもなかった?
熊谷 わりと早い段階からシンセサイザーのデザインを意識したキャラクターだという
イメージはありましたが、それ以外は特にはなかったですね。VOCALOIDシリーズのサウンドエンジンを開発されたのはYAMAHAさんですし、初音ミクの開発コンセプトの一つとして上がっていた、近未来的なエッセンスの一つとして、名機として知られるYAMAHAのシンセサイザー「DX7」1のイメージを盛り込んでみようと考えてみました。発売当時「近未来的」と評されたDX7の尖ったイメージがDTMソフトとしての『初音ミク』のイメージとクロスしたので、この感覚はぜひ盛り込んでくださいと。
KEI シンセサイザーとか、全然わからなかったですからね(笑)。クリプトンさんからいただいた資料から色のイメージをつかむぐらいしかできませんでした。

denshi-no-utahime_01―― とはいえ、色やパーツのデザインなど、実際の『初音ミク』デザインからは、YAMAHAのシンセサイザーをリスペクトしている気持ちが強く感じられるものになっています。
熊谷 かなり細部にこだわってデザインの注文をお願いしまいたからね。そのぶん直しも多くて、かなりKEIさんにはご迷惑をおかけしたと思います。

―― デザインを詰めていくにあたって、北海道と東京という離れた場所での作業で細かい調整をしていくことは大変ではありませんでしたか?
熊谷 そうですね、実際にデザインをお願いしてから、直接お会いするまで一ヶ月くらいありましたから(笑)。コンセプトを伝えつつ、資料を差し入れたりと、メールで色々細かいやり取りはしていたのですが、やはり「VOCALOID」というソフトが特殊なものなので、それを説明することが難しくて苦労したというのが正直なところです。実際、いきなり「PCが歌うんです」って言われても、ピンとこないですよね。
KEI 「歌う」と言われても、こんなに自然に歌うと思ってなかったんですよ。いわゆる合成音のイメージで、機械っぽい声が細切れになるのかと思ってて。

初音ミクが未来から来ない? 来た?

―― そうしたご苦労の甲斐もあって、『初音ミク』は幅広い層のユーザーから支持されていますが、キャラクターのパッケージングを施すことで、DTMソフトとしての優れた機能や先進性が、ユーザーにまっすぐ伝わらなくなるという心配もあったのではないかと思います。あえて『初音ミク』であることを決断された理由は?
熊谷 「VOCALOID」のエンジンが「VOCALOID2」に進歩したことで、より自然に人間に近い声を作り出すことができるようになりました。『初音ミク』の前作に当たる『VOCALOID MEIKO』では、実際に歌手として活躍されている拝郷メイコさんの音声データをモデルにしていましたが、VOCALOIDエンジンの進歩により、より自然に歌わせることが可能となりました。
そこで、500人以上の声優ボイスを色々聞いた中で、初音ミクの開発コンセプトと、藤田咲さんの透明感のある声の質が見事にマッチングし、お願いをする運びとなったのですが、「VOCALOID」というツールの近未来的なイメージを表現するために、「フューチャー」や「バーチャル」というコンセプトを膨らませて、「未来からやってきた歌うアンドロイド」というようなイメージを与えてみてはどうかと考えてみました。
せっかくなので、パッケージも無機質なものではなく、かわいらしいキャラクターを載せて、キャラが実際に歌っているというような演出をすることで、ユーザーのみなさんが『初音ミク』というソフトに思い入れをもっていただけるくれるんじゃないかと、最終的には判断しました。

―― 声の収録もアニメのキャラクターにアフレコするようなイメージで行われたのですか?
熊谷 じつは、収録に当たって、まだデザインが完全に出来上がっておらず、藤田咲さんには、ある程度キャラを想定して声を出していただくという非常に難しいお仕事をお願いすることになってしまいました(苦笑)。

denshi-no-utahime_02―― 『初音ミク』は年齢や得意な音楽ジャンルなどの簡単な設定が公開されていますが、キャラクターの背景など、ストーリー的なものは存在していません。これはCGMの世界で人気がでるキャラクターの傾向でもあると思うのですが、意識的に設定は少なくされたのでしょうか。
熊谷 初期の段階ではかなり細かいところまで色付けがありました。「歌」が失われた近未来の世界で、歌う技術を持ったアンドロイド「初音ミク」が発見され、人々が歌うことの素晴らしさを知っていく……というストーリー的なものも作ったりしていました。でも色々考えていったときに、もっとニュートラルでもいいんじゃないかと思ったんですね。Youtubeやニコニコ動画などに色々な動画が投稿されていますけど、ああいった形でユーザーの皆さんに肉付けをしてもらうことで、ムーブメントそのものを楽しんでもらえるんじゃないか、という原点的な発想に戻って、最低限のプロフィールだけでいこう、と。

―― 実際、投稿された歌の歌詞やイラストのイメージから、ゆるやかに初音ミクというキャラクター像が共有されるようになったり、なぜか「ネギ」が定番アイテムになったりと、面白い流れがありましたよね。
熊谷 そうですね。やはりそういう皆さんの力があって、牽引されていくのが理想的なのかなと思いますね。

―― KEIさんは、自分のデザインしたキャラクターが、ネットや同人イベントなど二次創作の世界で一大潮流を作ってる様子をご覧になっていかがですか?
KEI あまりに勢いがあるので、自分と関係のないことみたいに「へぇ、最近こんなキャラが流行ってるんだ」みたいな感じですよ(笑)。初めの頃は、何人か初音ミクを描いてくれている人がいるのを見て「わぁ、すごいなぁ」って単純に思っていたんですけど、ある時期から一気に増えすぎちゃって、追うことができないんですよね。
熊谷 かなり早い段階から、イラストや3DCGを発表されている方がいましたからね。

denshi-no-utahime_03―― キャラクターの基本デザインがすごくしっかりしていて、長いツインテールと、肩の出ている衣装、カラーリングが合っていれば、誰が描いても「初音ミク」だとわかることが大きいと思います。
熊谷 そのあたりはすべてKEIさんのお力ですね。デザインの完成度が本当に高かったので、修正をお願いしたのは、本当に細かい部分だけなんですよ。
KEI デザインしたときに、描きやすいのが一番いいかな、ということは意識していました。キャラクターのシルエットなど、大まかなデザインは割と早めに決まりましたよね。
熊谷 最初のラフをいただいた段階でグッと来たものがあったので、すぐにその方向性でキャラクターデザインをお願いしようと思いましたから。

―― KEIさんは同人で「ビスケたん」も描かれていますが、『初音ミク』では、いわゆる「擬人化キャラ」としてのアプローチは意識されましたか?
KEI あまりメカっぽくなってもいやなので、擬人化とか、当初のSF的な設定といったものを意識しすぎないで、無難にやったほうがいいかなと思ってデザインしました。
熊谷 キャラクターに関しては、KEIさんの感性にお任せするのが一番だと思ったので、その部分はKEIさんに全部お任せして、自由に描いていただきました。

KEIさんの描き方について聞いてみた

―― KEIさんの具体的な執筆作業についてお聞きします。CGの制作にはPainterをお使いになられるとのことですが、『初音ミク』は普段のイラストとは少し違うテイストですよね?
KEI そうですね。Photoshopでパーツ毎のレイヤーに分けたあと、Painterでそれぞれのパーツに影をつけていく感じで書いています。

―― PhotoshopとPainterでは、どちらを先に覚えられたんですか?
KEI Photoshopです。そこからPainterをメインで使うようになった理由は、率直な話、レイヤーを分けて塗るのが面倒くさくなってしまって(笑)、一枚でどうにかして塗れないものかなぁと思ってPainterを使うようになりました。そのせいで完成するまでがすごくわかりづらいことになってしまっているんですけど。

―― レイヤーを使いたくないというのは、今どきのCGとしては珍しいタイプの描き方ですよね。あるいみ時代に逆行するというか。暗い色でシルエットを決めて、そこに色を乗せていくというのも独特です。
KEI 自分の描き方だと、キャラクターと背景を分けることがすごく大変ですからね。初音ミクのときがまさに「あぁ、もうどうしよう」みたいな(笑)。久しくこういう描き方をしていなかったのでとまどいました。

―― CGの描き方については、特別に勉強されたりしたことは?
KEI 特にどこかで学んだということはないです。インターネットを始めた頃、ちょうどCGでイラストを描く人が増えだした中で自然に身につけた感じですね。

―― 過去にKEIさんもイラストを投稿されていたというゲーム雑誌からは、『鋼の錬金術師』の荒川弘さんなどメジャーで活躍する作家が多く出ています。当時、格闘ゲームのキャラクターイラストが斬新で、カプコンやSNKの影響で絵を描き始めたという人も多いと思いますが、その影響はあったのでしょうか。
KEI あまり過去のことを言わないでください(笑)。たしかに『ストII』をはじめ格闘ゲームは好きだったのですが、絵に直接影響を受けた方は誰か? と聞かれて、名前がまず浮かぶのは天野喜孝さんなんです。名前を挙げると絶対「嘘だ」って言われるんですけど(笑)。サイト向けとかで描いてる水彩風の塗りとか少なからず影響は受けてるかと。

―― 天野喜孝さんの絵との出会いは?
KEI とにかく『FF』のデザインがすごい好きだったんです。それまでは、ゲームのイラストといえば、『ドラゴンクエスト』の鳥山明さんのマンガ的なイラストの印象が強かったのですが、いきなりまったく違う感じのイラストが出てきたので、衝撃でした。

―― 色調にダークトーンを好んで使われるところに、天野喜孝さん的なパレットの感覚を持ってらっしゃるのかな、と感じます。単純なベタ塗りではなく、筆を重ねて色を置いていくところにも影響があるのでしょうか。
KEI 厚塗りを始めたきっかけは、多分、『バーチャファイター2』の寺田克也さんの影響です。最近では、逆に水彩っぽい感じの塗り方になってきているんですけどね。

VOCALOIDは止まらない!

denshi-no-utahime_04―― VOCALOID2 CVシリーズ第2弾として『鏡音リン』のデザインも発表されて、発売を待ちきれないユーザーの間ではすでに色々な盛り上がりを見せていますが、今後の展開についてもお話を伺いたいと思います。これからもKEIさんとのタッグでシリーズを展開されていくことになるのでしょうか。
熊谷 シリーズ第3弾までの構想は固まっておりますが、それからの展開についてはまた改めて考えていきたいなと思っています。『鏡音リン』もラフデザインの決定は早かったので、ずっとシルエットでは出ていたのですが、『初音ミク』が予想外のヒットだったこともあり、いろいろあって完成まで時間がかかってしまいました。
KEI それでまた、最近になって描かなきゃ! って感じになってますけど(笑)。

―― KEIさんとしても、『月刊コミックRUSH』での漫画連載が発表されていますね。
KEI 『初音ミク』については、不思議な感じでやっていきたいんですよね。自分はオリジナルのキャラクターを描いたんですけど、ファンのみなさんによって肉付けされた部分も大きいし、個人的にもあまり自分が作った性格を押し付けたくないので、自分が何かやっていても、これが「公式」なんて構えずに、「こういうのもあります」くらいの気持ちで見てもらえればいいかなという感じです。

―― この年末には、コミケの企業ブースでグッズ販売もされますが、そういった部分でも今後は大きく展開していくのでしょうか。
熊谷 今の段階では、大々的な商品展開は考えていません。今回はコミケということで、限定でやらせていただく形です。コミケでは公認ヴォーカルCDの発売も決定しましたが、これも「初音ミクオフィシャルソング」ではなくて、あくまで私たちなりに『初音ミク』を使った楽しみ方の一つとして、ファンの皆様へご提案出来ればなといった気持ちから生まれました。KEIさん描書き下ろしのイラストも付いてきますので見て、聴いて、楽しんで頂けると嬉しいですね。

―― これからもユーザーと共に、キャラクターを育てていくということですね。
熊谷 私達が育てていく、のではなくてユーザーの皆さんに育てていただくというのが理想のイメージですね。あとは、DTMに限らず、イラストを描いたり、3DCGを作ったりと、『初音ミク』が何かを創ることのきっかけになってくれれば嬉しいですね。
 
 

注釈

YAMAHA DX7

1983年に発売されたデジタルシンセサイザー。当時は珍しいものだったFM音源を搭載し、その未来的なサウンドが多くのプロミュージシャンやアマチュアに支持され、現在においても名機として称えられている。

©2007 Crypton Future Media, Inc.