2014年04月23日(水)

ルビコンハーツ『猫と少女』インタビュー

初出日:2010年7月16日
取材日:2010年4月28日
取材場所:ルノアール池袋パルコ横店会議室
取材・構成:平岩真輔

ミックマーケット77で異例のA3フルカラーイラスト集『京都、春。』を発表して話題を呼んだ同人サークル「ルビコンハーツ」。秋葉原と御茶ノ水の間、神田川沿いに、サークル自ら運営するショップで同人誌を頒布するという異例のスタイルでも注目を集めています。
その第2弾として発表されたイラスト集『猫と少女』について、サークル代表の加野瀬未友さんと、制作に参加したイラストレーター竹さん、デザイナー染谷洋平さんに伺うロングインタビューを通じて前代未聞の同人サークルの裏側に迫ります。

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―― まずはじめにルビコンハーツというサークルについてお伺いできますか。
加野瀬 ルビコンハーツは、僕と伊達平良の二人で始めたサークルです。p-tina_RubiconHearts01そもそもは秋葉原と御茶ノ水の間にあるショップの物件を見つけて、ここで同人誌を売ったら面白いんじゃないかという話から始まりました。
第一弾の同人誌『京都、春。』では武内崇さんと小林尽さんに描いていただいたので、有名な作家さんにお願いして本を作る方針だと思われがちですが、これから活躍するような人達の表現の場になってほしいと考えています。第二弾の『猫と少女』はそのコンセプトがはっきりしている本だと思います。

―― 『猫と少女』というテーマを選ばれたのは?
加野瀬 ルビコンハーツでは、実在の「何か」とイラストという組み合わせをテーマにオリジナルの同人誌を作ろうと考えているんです。猫好きな人は多いし、猫の写真集も人気があるので、猫と女の子を組み合わせたイラスト集はどうだろうと。僕は犬を飼っているので、犬と猫、どちらかといえば、犬が好きなので『犬と少女』という案もあったんですけれど、書店でも猫写真集のほうが圧倒的に数が多いので却下になりました(笑)。
ただ『猫と少女』というテーマだけでは弱かったんですが、キャラクターの少女時代と高校時代とを描いたら面白いんじゃないかという案が竹さんからでて、それで「時間」というテーマが加わって、一本筋が通る感じになりましたね。

―― それぞれの同人誌の制作は、編集サイドでのコンセプト、企画がスタート地点になるんですか?
加野瀬 『京都、春。』は小林尽さんの発案だったので、絵描き主導です。武内さんと小林さんが知り合いなので、その意味ではすごく同人誌的ですね。『猫と少女』は編集主導で、「こういうコンセプトでお願いします」という形でイラストレーターに依頼しています。

―― 企画としては『京都、春。』も『猫と少女』もただ絵を集めたイラスト集とは違うものですよね。
加野瀬 ただ上手い絵が並んでいるだけのカタログ的なものでは面白みがないので、なんらかのテーマを持ちつつ、描き手の自由な発想を楽しめるようにしたいんです。編集者として、本というのは一つの流れを作るものだと思っているので、イラスト集でもそれができるんじゃないかと考えて、そのコンセプトの中で描いてもらっています。

―― イラスト集にストーリー的な要素を入れるという形は最初の段階から考えられていたんですか?
加野瀬 そこは何段階かあって、『京都、春。』も最初は京都の名所に女の子がいて、名所の解説が書いてあるような「京都観光案内」を考えていたんです。『猫と少女』も同じようにいろいろな猫を紹介する猫図鑑的なイメージだったんですが、『京都、春。』を作っているうちにストーリーが膨らんできて、最終的にあのような形になったのを見て、猫図鑑のままでは弱いと感じたのでコンセプトを詰め直しました。キャラクターの年齢を2つ描くようにしたことで、この間にどんなことがあったんだろうと読み手が想像を膨らませる余地が生まれた感じですね。

―― ストーリー的な構成は『京都、春。』を制作した副産物的に生まれたんですね。『猫と少女』の企画そのものはいつごろから始まったんですか?
加野瀬 2009年の9月ごろです。冬コミで出そうという話もあったんですが、スケジュール的に厳しいので2010年5月のコミティアに合わせました。

p-tina_RubiconHearts02―― 『猫と少女』は、ストーリー的には一人のキャラクターを皆さんで描いているんですか?
加野瀬 それぞれ別のキャラクターを描いているんですけれど、みんなボブカットの女の子で一人に見ようと思えば見えるんですよね(笑)。意識していなかったんですが、結果的にそうなっているかもしれない。
 たぶん猫を好きな少女のイメージが、ボブカットだったんだと思います。

―― 今回は全部で4人のイラストレーターが参加していますが、作家選びの基準は何ですか?
加野瀬 柔らかい雰囲気の絵を描ける人にお願いしたいと思っていて、この人はいいなと思う人にコンタクトをとっていきました。結果的に懐かしい感じのする誌面になったかなと思います。 竹さんはすごく猫が好きだと聞いたので、ぜひ参加してくださいとお願いしました。
 飛びつきました(笑)。
加野瀬 常川庭助さんはpixivで絵を拝見して。二次創作が多かったんですが、すごく寂しそうな雰囲気のある絵を描いていて、オリジナルを描いても魅力的だろうと思いました。雨さんは色々な画風があって、どれも上手いんですが、これだけ器用な人ならどういうものを見せてくれるか楽しみだなと。優さんは商業誌でも活躍されているんですが、モノクロが多く、ぜひ大判のカラ―イラストを印刷媒体で見たいと思ったので。
共通するのは3人ともまだ商業誌での活動が多くないので、大きく印刷された絵を見たい人だということですね。その意味では、上手くても大判に映えないタイプの人にはお願いしにくいです。ルビコンハーツのコンセプトとして、モニターの中だけでなく印刷媒体で見ることの面白さを提示したいので、そこが作家選びの基準になっています。

―― イラストレーターだけでなく、デザイナーとして『オタクとデザイン』の染谷さんが参加していることも興味深いポイントですね。
加野瀬 染谷さんとは、雑誌『アイデア』335号「漫画・アニメ・ライトノベル文化のデザイン」特集の座談会でお話した時に、すごく同人誌やオタク的なもののデザインに愛がある人で、いい仕事もされていると思ったので、ぜひ本のデザインを頼みたかったんです。普通なら絵のデータを渡して終わりなんですけれど、せっかくだからイラストレーターも含めて3者で打合せして作りましょうと、まずは竹さんと染谷さんがお互いを知るところからスタートしました。
染谷 p-tina_RubiconHearts03『猫と少女』という本のコンセプトとは何だろうということを3人で話したんですけれど、普通の商業誌と違って店頭で目立つことを考えなくてもいい本ですよねということを確認しました。
それまでは、キャッチーな本でないといけないと硬く考えていたんですよ。でも加野瀬さんから同人誌でしかできないことをやろうと言われて、そうだ、女の子が大きくなくても、タイトルが大きくなくてもいいじゃないかと思ったんですね。一番大事なのは何かと考えたところで、感覚的なキーワードとして出たのが、神田川沿いの穏やかな場所にあるルビコンハーツのショップのイメージに似合う本、というのがわかりやすいコンセプトになるなと。3人が「それだ!」と思えるビジョンをひたすら探っていた気がします。
 心に残っているのは、染谷さんが「ルビコンハーツのショップで10代の子がこの本に出会ったら人生が変わってしまうようなものにしたい」と言っていて、「かっこいい!」って。
染谷 竹さんと会う前に、加野瀬さんと『猫と少女』のペーパーの打合せをした時に、雑誌『ニュータイプ』を初めて見た時に衝撃を受けたという話をされて、ルビコンハーツでは中学生がショップまで同人誌を買いに来たときに「なんじゃこりゃ!」と思うものを作りたいですよね、と。
加野瀬 『ニュータイプ』のデザインをしているデザインクレストの朝倉哲也さんにインタビューをした時に、「10代というのは子供扱いせずにちゃんと作ったものに反応してくれる、そういう素直な気持ちに応えたい」と言われていて、やはりそういう気持ちがあったから、色々なところに届くのかと思ったんです。
昔なら、大阪のゼネラルプロダクツ(GAINAXの前身にあたるホビーショップ。1992年までワンフェスを主催した。)に行って、「変なものがいっぱいで面白い!」と感じた、そういう気持ちをルビコンハーツのショップでもしてほしいというのが大元なんです。
p-tina_RubiconHearts04今は、同人誌もマウスをクリックするだけで手に入るけど、大切なのは体験だろうと。イベントでサークルに並んで手渡してもらうとか、そこにどんな人がいたとか全部含めて体験なわけで、宅配便の人が持ってくるのとは全然違うものだという思いがあったので。 だから、体験の場所を作りたかった。その場所に乗せる物は、「尖っている」ほうがいい。だから同人誌であっても、これはプロの仕事だと感じるパッケージングにしたかったんですね。
染谷 デザインコンセプトを考えた時に、ルビコンハーツの本だから、ルビコンハーツのやりたいこと、伝えたいことにのっとった世界観の本であるべきだろうと思ったんですね。それを一番提示できているのは、ショップの在り様だろうと。加野瀬さんのいうサークルのコンセプトを分かりやすく体現しているのが、あのロケーションやショップの内装だったりするんですよね。
だから、ショップに飾った時に違和感のないものであれば、それはルビコンハーツの本のデザインとして正解だろうと思ったんです。その点で竹さんと共感できたのも、打合せしてよかったですね。

―― A3という大きな判型や、ショップの存在そのものがコンセプトと一体化しているんですね。
加野瀬 p-tina_RubiconHearts05書店で売る本だと、どうしても分かりやすいデザインを求められるので、ある種のフォーマットが決まっているんですよね。自分がイメージしているのは映画のパンフレットなんです。基本的に映画館で売られるものなので、棚で目立つ必要がない。だから作品の世界観を表現することに注力できて、その映画を見に行って楽しかった経験を思い出せるアイテムとしてデザインされていると思うんですよ。だから映画のパンフレットはコレクションの対象にもなるじゃないですか。そういう商業誌にない面白さがあるのがいいんですよ。
染谷 商業誌と同人誌で言えば、5万人を相手にするのと5千人を相手にすることの違いもあるんですよ。商業誌のデザインもやっているんですが、そういう大勢を相手にするものは間口が広くないといけない。同人誌を求めてコミティアまでくる様な人は、ある程度、マンガ絵や同人誌的なモノを見ることに対して経験値が高いと思うので、『猫と少女』は一見分かりやすいデザインの本ではないんだけど、よく見るとキラリと光っている、そういう職人的な本作りがいいだろうというところで考えているんですよね。
加野瀬 同人誌は商業誌と違って、1000人に届けばいい。5万部売って5年後に忘れられている本よりも、1000人に売って10年後も覚えられている本の方が嬉しいなというのがあって。それが10代の人生を狂わせたいということだと思うんですよ。もちろん数が出るほうがいいんですけれど、そのために丸くなってしまうくらいなら、記憶に残るほうを選ぶということですね。

―― 普段は色々な制約のなかで工夫してデザインをされていると思いますが、『猫と少女』ではリミッターをはずした状態で作業できた?
染谷 普段は編集者や作家がやりたいイメージを汲んでデザインする立場なので、最初に加野瀬さんに「どんな本を作りたいですか」と聞いたんですが、逆に染谷さんは何がやりたいですかと言われたので、戸惑いはありましたね。でも同人誌なんだから、やりたい人が集まって好きなものを作るのが普通だよねと。
加野瀬 p-tina_RubiconHearts06もちろん最低限の要望はあったけれど、染谷さんのデザインが面白いと感じたからお願いしているので、好きにやってくれたものを見てみたかったので。伊達さんは自分のイメージがあって、そこに作家さんをはめ込んでいくタイプですが、僕はこの作家さんが好きだから、この人が出したものならオッケーという感じなので、人を選んだ時点で仕事のほとんどが終わってるんですよね。
染谷 でも、不思議なことに上がってきたものを見ると、確かに統一感があるんですよ。もっとばらけた絵になるかと思ったら、みんな絵のしっとり感というか、懐かしい感じが想像以上にまとまっていたので面白かったですね。人選という部分ですでに世界観ができているのかも。
加野瀬 染谷さんで言えば、本誌はもちろんいい仕事ですけれど、ペーパーの方が個性が出ているんですよね。ペーパーの裏面のデザインでは、僕が書いたネーム以外にも染谷さんが自分で考えたものを入れてくれたりして。染谷さんの面白いところは、いろいろ汲み取って、こちらが入れていないものを入れてくる、踏み込んだ提案をしてくれるところですね。