2013年06月06日(木)

『波間の国のファウスト
:EINSATZ 天空のスリーピングビューティ』刊行記念
佐藤心×村上裕一対談(1)

取材・構成:草見沢繁、高瀬司
収録日:2013年4月26日

「経済特区と本土の狭間で」(1)

 

 

ゼロ年代初頭に「オートマティズムが機能する」で美少女ゲーム批評を牽引した佐藤心は、10年代初頭に今度は実作者として美少女ゲームを刷新しはじめる。2010年の『風ヶ原学園スパイ部っ!』(Sputnik)につづいてシナリオを担当した2012年の『波間の国のファウスト』(bitterdrop)は、経済をテーマとした異色の社会派作品としてその名を歴史に刻んだ。

 

そんな『ファウスト』の佐藤自身の手によるノベライズ『波間の国のファウスト:EINSATZ 天空のスリーピングビューティ』が、この5月に講談社BOXから上梓された。新ヒロインとともに描かれるのは、ゲーム版の前日譚。律也と白亜が再開する以前の物語。

 

そこで『bonet』では、ノベル版の編集にも携わった批評家・村上裕一と、佐藤心との対談を敢行した。ノベル版のコンセプトから制作の裏側まで、その立ちあげから共闘してきた2人だからこそ語れるディープな対話をご堪能いただきたい。

 

ゲーム『波間の国のファウスト』あらすじ

 

経済の楽園とも言われる直島経済特区。そこは世界中の資本が集まる島であり、またそれを運用するプロフェッショナルを育成する学園都市でもあった。
特区出身の結城律也は、ロンドンの名門ファンドたるストラスバーグ・エリクソン・ロバーツでキャリアを積んだ後、特区のちというのはかつての仲間たちであり、そして特区に君臨する現ハゲタカは、幼なじみの渚坂白亜であった――。

 

小説『波間の国のファウスト:EINSATZ 天空のスリーピングビューティ』あらすじ

 

特区最強のファンド会社クロノス・インベストメントが社長直属の戦略投資室を設置するという話を聞いて、世界中から腕に覚えのあるエリートたちが集結した。しかしその裏には、現ハゲタカである白亜を失脚させようというクロノス副会長ヘンリー・ストラウスの陰謀が蠢いていた。
一方、破綻の危機に直面したユーライアス社は、懐刀である乾朱光をクロノスに送り込み一発逆転を狙おうとしている。白亜、ヘンリー、そしてユーライアスの三つどもえの戦いは、いつしか世界最高のトレーダーの1人であるピーター・エリクソンを迎え、全世界を巻き込んだディールへと発展する――。

 

キャラクター紹介
○渚坂白亜(なぎさか・はくあ)
クロノス・インベストメント会長。通称「ハゲタカ」。ゲームの主人公である結城律也とは幼なじみの間柄。律也の姉であるリコに憧れて、彼女を目指す形で特区のファンド・マネージャーの頂点たる「ハゲタカ」の地位に上り詰める。

 

○乾朱光(いぬい・すぴか)
ヴァルゴ社に所属する天才ファンドマネージャー。LTCMという理論に基づいた運用を行う。ユーライアス社の社長令嬢。病弱なので車椅子に乗っている。姉妹のような関係性の黒木司とは、ファンド運用におけるパートナー関係にある。

 

○林康臣(はやし・やすおみ)
ユーライアス社社長。創業事業だったソフトウェア産業の不振によって、債権者のクロノスから事業整理を求められ、窮地に陥っている。

 

○ケビン・ポールソン
ポールソン&トレードのファンド・マネージャー。今回の事件によって白亜とタッグを組むこととなり、ゲーム本編では片腕として働く。

 

○滝沢和彦(たきざわ・かずひこ)
前直島銀行頭取。好々爺らしい態度を崩さないが、裏には冷徹な計算が張り巡らされた、特区の実力者。

 

○綴カナタ(つづり・かなた)
本土を統治する中央組織「経済安定化理事会」から派遣された特区顧問。圧倒的な権力を有し、事件の背後から様々な計略をめぐらせていたが、ゲームでは後半までその正体を隠し、学院の生徒という体で律也のアシスタントとして働いていた。性別不明。

 

○ピーター・エリクソン
ストラスバーグ・エリクソン・ロバーツの共同会長。金融資本主義の黎明期にトレーダーとして名を馳せたが、近年はエクササイズツール「トレーダーズ・ブート・キャンプ」の成功で世界的な評価を得ている。

 

 

ゲームの成り立ち

 

村上 この度は刊行おめでとうございます。そもそも本作はPCゲーム『波間の国のファウスト』が原作になっているわけですが、その企画の成り立ちから考えると、本当に長い道のりでしたね。

 

佐藤 ありがとうございます。Twitterなどでも言っていますが、村上さんのご尽力あってのことですよ。振り返ってみると、この『ファウスト』という企画が始まったのは東日本大震災の前後でした。確か村上さんの『ゴーストの条件』が刊行されて、入れ替わるように企画がスタートしたんですよね。村上さんがゴールして肩の荷を降ろしたばかりで、まだ疲弊されていた頃と思います。僕はまだぴんぴんしていて(笑)、その体力比を鮮明に覚えています。

 

村上 懐かしいですね。共通の友人でbitterdrop広報のちくりんくんから「新作ゲームでは佐藤心さんがシナリオを書いているんですよ」と聞かされ、ぜひ会わせて欲しいとお願いしたのがはじめてお会いしたきっかけでした。あのとき、佐藤さんは腕を吊りながら現れましたよね(笑)。

 

佐藤 『ファウスト』の前作である『風ヶ原学園スパイ部っ!』を制作している最中ですね。その頃、2度も骨を折る間抜けな怪我をしていました(笑)。

 

村上 それからよく一緒にご飯を食べるようになり、僕の地元の焼肉屋でまだ経済特区のような構想がなかった頃の『ファウスト』の話をしたのを覚えています。『スパイ部っ!』が学園ものだったので、そこから新機軸を打ち出すために今度は経済ものにしようと。

 

佐藤 あの頃はまだ『ファウスト』にいろんな可能性がありましたね。生徒一人ひとりが起業家で、学校側がベンチャーキャピタル的にそれを支援するという、『クラブサンデー』で連載中の『市場クロガネは稼ぎたい』みたいな方向性の企画も。その頃の企画名は確か「一部上場学園(仮)」でした。

 

村上 「一部上場学園」ありましたね! 僕も話しながら『蓬莱学園』のことを思い出していた気がします。学内でのみ使える貨幣が流通しているような。そういった作品をインスパイアするのが面白そう、ということですね。

 

佐藤 複数の可能性を模索しつつ、最後は開発室のある言語社内で企画合宿をやり、金融もの、NHKドラマにもなった『ハゲタカ』もの……というふうに方向性が集約されていきました。

 

学園のハゲタカ

 

村上 『ハゲタカ』の方向にまとまった決め手は何だったんですか?

 

佐藤 『市場クロガネは稼ぎたい』に近かった頃は、もっと学園要素が強かったんです。直島経済特区のような社会性がなく、学園ものに押し込むことである種ライトノベル的なもの、エロゲーで言えば「萌えゲー」のテイストがだいぶ残っていました。しかしやはり、お金が絡むからには強靱なリアリティが必要だろうということで、最終的に『ハゲタカ』の方向に持っていきました。

 

村上 学園ラブコメの路線だとリアリティが足りないから、ハードでシリアスな方向にいこうと?

 

佐藤 お金が絡んでいるのにラノベ・萌えゲー的に描くとユーザーに見透かされるのではないか、という意見が徐々に社内からわき上がってきたんです。そこで、いわゆる経済小説的なリアルさを込めつつ、バランスを取るかたちで、美少女キャラが君臨するハゲタカファンド、それが経済特区でもっともブリリアントな企業で……といった荒唐無稽な要素を肉づけしていきました。チャレンジングだなと思いつつ、話を進めていくうちに企画の扱い方が見えてきました。
一方、そもそもあった「学園」をどう使うのかについては、ゲーム版の序章にあたる部分を書いているときは決まっていなかったんです。書きながらリアリティを追求していった結果、卒業済みということにしようと決めました。とはいえビジネスを動かして上場企業を経営しているのに制服を着ている(笑)。これは突っ込まれる点になるのではないかと制作当初はハラハラしていました。

 

村上 最終的に、各企業・組織を背負ったキャラクターによる抗争という展開を見せる際に、制服は組織のトレードマークにも思えるので、ユーザーも受け入れやすいんじゃないですかね。

 

佐藤 心配する傍ら、作品に没入したら当たり前のものとして受け入れてもらえるという読みは確かにありました。特にノベルゲームという媒体はフィクションとしての自然さを提供しやすいですしね。

 

【第2回につづく】