2013年08月16日(金)

忙しい人のための『半沢直樹』
村上裕一ネタバレ感想

書いた人:村上裕一

銀行という戦場――
テレビドラマ『半沢直樹』1〜5話感想

 

ネタバレ考慮してません!!!

 

「倍返しだ!」を決め台詞に、ラブロマンスも売れ筋も意識していないとのことながら、お化け視聴率を叩き出して業界の話題を独り占めにしている『半沢直樹』(池井戸潤さん原作)を、今更ながら視聴しました。今週から第二部に入るのでちょうどよかったですね。アニメなどはしばらく録画するばかりで積読状態になっている私としては、久々の映像番組です。

 

内容はたいへん面白かったです。私はNHKドラマの『ハゲタカ』が好きで、真山仁さんの原作小説も全部読んでおりますが、久々に同ジャンルのヒットが出たな、という印象です。逆にマネーを扱った作品など私はあまり知らないものですから、出てくるとだいたいヒットという風に感じるというのも正直なところです。『ハゲタカ』はヘッジファンドがスポットされているが、そこではMGS銀行というメガバンクが重要な役割を果たしています。『半沢直樹』における東京中央銀行に対応するものですね。『ハゲタカ』では銀行を早々に飛び出してホライズン・インベストメント・ワークスというファンドで活躍する鷲津政彦が主人公ですが、『半沢直樹』ではまさに銀行内でののしあがりを狙う半沢直樹その人が主人公ですので、この二つの作品は好対照をなしていると言えると思います。食わせ物の常務取締役として、非常に魅力的な悪玉がいるのも対応していますね(『ハゲタカ』では飯島亮介、『半沢直樹』では大和田暁)。

 

お話の流れはこのような感じです。半沢は、産業中央銀行(後の東京中央銀行)の貸し渋りにより、町工場経営者の父を自殺で失いました。この恨みを晴らすべく、正しい銀行マンとして企業を救い、銀行組織そのものをハッキングするために頭取を目指すという野望のもと、慶應経済を出て産業中央銀行に入行します。特段の失敗なくキャリアを積んだ彼は、大阪の筆頭支店である西大阪支店で事件に巻き込まれます。

 

西大阪支店長の浅野は権威主義を絵に書いたような男です。エリートコースである本店人事部畑を18年ほど歩んだ後、役員就任のための最後のポイント稼ぎとして「現場経験」を積むために、西大阪支店長として赴任します。支店最高の栄誉である最優秀店舗賞を得るために100億円の融資を目指していましたが、残り5億円で足踏みしていました。しかも、小遣い稼ぎのつもりで始めた株式投資に失敗し、5000万円の返済を迫られ、窮地に追いやられていました。彼は小学校の同級生である西大阪スチールの社長・東田満と悪巧みを練ります。東田は業績不振の会社を利用して、脱税や銀行融資を着服し、会社を計画倒産させて高飛びする計画を練っていました。その計画に手を貸す代わりに、浅野は5000万円のキックバックを要求します。西大阪支店から5億の融資を出し、東田と浅野が分け合うという構図です。おまけで最優秀店舗賞がついてくるという、非常に浅野に都合のいいシナリオとなっています。

 

このため、浅野は与信判断もろくにさせずに、半沢に融資稟議をゴリ押しさせます。当然、不自然な融資計画に半沢は疑念を持ちますが、「私が全責任を持つ」という浅野に押し切られます。しかし、融資してまもなく西大阪スチールは不渡りを出し、東田は行方不明に。浅野は全責任を半沢に押し付けようとします。東京本店にも足しげく通って根回しし、懇意の上司である大和田常務にも半沢出向のシナリオを吹き込みます(出向というのは銀行以外へ飛ばされることで、銀行マン=バンカーとしての死を意味しており、恐怖の隠語となっています)。

 

まだ浅野の共犯を知らないながら、半沢は「倍返しだ!」という合言葉のもと、5億を取り戻すべく東田を追跡します。東田の脱税を追いかける国税調査官の黒崎などと激しく競いながら、半沢はわずかな望みにかけて関西をかけずりまわります。

 

半沢が5億を失ったというシナリオを描いている浅野たちにとっては、半沢の成功は、自らの判断ミスを意味するとともに、自分の罪が暴かれるかもしれないという、二重の意味で望ましくありません。そこで浅野は様々な方法で半沢を妨害します。膨大な通常業務を押し付けたり、稟議を潰しにかかったりするのはいつものことですが、浅野の息がかかった人間たちによるハイライトは裁量臨店です。これは抜き打ちテストのようなものです。満足な時間もない中、東田を追わねばならぬというのに、半沢はこれに立ち向かいます。査察リーダーは浅野腹心の小木曽で、半沢の同期をしごいて統合失調症に追い込んだ男です。直前の融資事故に関する査問で半沢をやりこめようとしたのが、逆にやりかえされたということで、半沢に私怨を抱いています。姑息な小木曽は、臨店本番に提出資料から重要な書類を抜き去るなどして、半沢たちの不備をでっちあげます。しかし、土壇場の機転と部下の告発によって小木曽を撃退し、浅野陣営を窮地に追い込みました。

 

しかし、東田は一筋縄でいきません。せっかく住居を突き止めるも、愛人の妨害で取り逃がしたり、一旦逃したら隠れ家が複数存在していて突き止められません。協力者と思われた、連鎖倒産の被害者だった男も実は東田の子飼いだったり、おまけに東田の隠し資産を国税と争い合うなど(先をこされたら銀行の融資を回収できない)、半沢の状況は銀行内外ともに四面楚歌です。しかし、信頼する融資課の部下たちや、本店同期の渡真利、半沢の良心的な部分に賭けた連鎖倒産被害者の竹下などの力を借りて、銀行マンに非協力的だった東田関係者たちの心を解きほぐし、いよいよ東田を追い詰めます。

 

この過程はなかなかスリリングです。国税に情報を渡さないためタッチの差で金庫の入金記録を破り取ったり、マンションで愛人の帰宅を待ちぶせしたり、5億損失の情報をあえてマスコミに売り渡して浅野にプレッシャーをかけたりと、半沢の破天荒な対応は見ていてハラハラします。他方、東田の居場所を知る人物の小村の心を開くために、彼の最後の望みだった娘との再会を手配したり、愛人の未樹に「夢だったネイルサロン開店」を独力できちんとやれるようにアドバイスをすることで東田から手を切らせたりと、単なる悪党にはとどまらない清濁併せ呑む大物ぶりを見せます。もっとも際どかったのは、浅野が肌身離さず持っている不正入金の証拠が入っている通帳を、彼が隠し持った単行本の中から発見するシーンです。あとわずかで浅野が支店長室に帰ってくる、という瀬戸際でこのミッションに挑んだわけですが、もはや銀行小説というよりも探偵小説で、さすがにここまで来ると単なる犯罪とも言わずにはいられません(笑)。これ以後、浅野に辛酸をなめさせられまくっていた半沢は、まことに見事な心理的反撃を打ちます。正義の味方というよりは『必殺仕事人』的なこの展開は、ブラックな展開ながら非常に胸をすっとさせます。

 

半沢は、愛人の未樹を口説いたことにより、東田がニューヨークに隠した12億の財産を差し押さえることに成功します。東田は破滅し、いやらしく半沢を妨害してきた国税たちを出し抜くことにも成功しました。残る仇敵は浅野だけですが、情けなく赦しを乞う浅野に半沢は「甘ったれたことを言ってんじゃねぇよ」と言って突き放します。家族を守りたいという浅野ですが、お前が陥れてきた奴にも家族がいたんだよ、という半沢のセリフには真実が宿っています。しかしながら、半沢は浅野を刑事告発することはせず、自分も含めた融資課メンバーを栄転させることで手を打ちます。これは、浅野の妻と、浅野の妻を心配する自分の妻・花の献身が効いていました。利益と引き換えにした形ですから、やはり完全な正義の味方とは言えませんが、むしろこのようなバーターを取ることでむしろ型破りで類型化を許さない半沢という人物の魅力が際立ったと言えるでしょう。しかし、それまでこき下ろしていた半沢をエリート部所に移籍させた浅野は、その代償として大和田常務から切られます。浅野は、半沢が出向するはずだったマニラの工場へ飛ばされることとなりました。銀行の出世競争に敗北した男の末路をよく表していると思います。

 

――と、このように、私たちの生活に密接な関係を持っている銀行の物語が、かくも躍動的なエンターテインメントになっていることは、多くの視聴者にとって驚きだったのではないでしょうか。ちなみに、上記のまとめに盛り込めなかった面白い要素として、最後に三つ付記したいと思います。

 

一つは、組織の力学が非常によく出ているということです。銀行内部の力学は当然そうなのですが、面白いのは社宅団地の「奥様会」の存在です。夫の地位に応じて夫人コミュニティにも序列が構成され、そこで半沢の妻の花がもまれている様子は、かえって銀行組織の恐ろしい重力を感じさせます。そして、その中でもまれながら凛として半沢を支え続ける花の魅力が非常に光っています。こういう奥様組織は官僚社会にもあるそうですね。ともあれ、私はこの作品でそれまで興味のなかった上戸彩(花役)が非常に好きになりました。

 

二つ目は、物語を動かす要素の多さです。普通に考えると半沢・東田・浅野でだいたい役者が揃っているのですが、本作では国税の黒崎が非常にいい味を出しています。彼は突然現れて銀行業務を邪魔し、結果として半沢を足止めする人物ですが、実際にはその調査行動が東田を追いかけているということで一つの大きな伏線になっていますし、単なる闖入者としてはあまりにもキャラクターが立っています。東田と浅野という二人の大きな敵とどう立ち向かうのか、というイメージを作りつつあった視聴者の立ち位置を、その登場によって大きく揺さぶるところにスリリングさがあります。しかも立ち位置が絶妙で、彼は半沢の最大の競争相手です。他の敵とは異なって、取り立て先ではありません。他方、本来は出世競争がテーマですから、彼の敵は同僚になりそうなところなのに、もっともそれらしい役割なのがこの官僚の黒崎です。むしろこの構図によって、銀行が関係している社会の複雑さがよく描かれるとともに、半沢の戦場の広さが知られてきます。

 

最後は大和田常務の存在です。前二者でも、事実上花や黒崎といった魅力的な人物について語ってきました。花が銀行マンの日常生活の象徴なら、黒崎は銀行マンと社会の関係の象徴です。そこにきてこの大和田常務は、まさに銀行組織そのものの象徴として言うことができるでしょう。頭取ではありませんが、事実上、この作品の大ボスといっても過言ではありません。ところで、ここまでの描写を見て頂くと、要は銀行組織の上司というものは極めて悪質な権威主義者ばかりなのだ、という印象を持たれたかもしれませんが、さすがは役員、そのレベルではありません。それを超えた悪党なのだ、ということも言えるのですが(笑)、そういう単純化を拒むような複雑な人格造形があります。ひとことで言えば、大物です。東田や浅野は偉ぶっていても小物に過ぎません。だからこそ半沢は彼らには「金さえあればなんでもできると思うなよ」と啖呵を切ります。大和田はそういうレベルではありません。半沢を排除しようとする浅野たちの発言をある種真に受けず、新たな才能としての半沢を歓迎します。しかし、それは半沢を甘やかすのではなく、この窮地を乗り切れば本物だとして、むしろ厳しく当たらせるような人物です。そして見事乗り切った半沢を本店に迎え、失敗した浅野を、二十年近く目をかけてきたにもかかわらず、あっさりと切ってしまいます。これは単なる弱肉強食ではないと思います。そこには彼独自の銀行家としての美学があります。それは本店の取締役会での彼の演説などから伺えると思います。

 

このような美学は半沢と通ずるところがあります。その点で大和田はまさに半沢の目標となるわけですが、それだけではありません。泣いて懇願する半沢の父を振りきって、彼を自殺に追いやった銀行家は、実は若き日の大和田でした。半沢はそれを覚えていました。だからこそ、彼はこの銀行で登り詰める日を虎視眈々と待ち続けていたのです。

 

(了)