2013年09月06日(金)

藤津亮太のアニメ時評
四代目アニメの門 第2回
『銀の匙 Silver Spoon』

アニメの門
 

第2回:『銀の匙 Silver Spoon』
「情報性」をアニメに盛り込む

 
 話題のドラマである『半沢直樹』の戯画的すぎるほど戯画的な演出のノリを見ていると「これをアニメで作ることはできないのかな」という想像をかきたてられる。
 『半沢直樹』のおもしろさが、まず、ほどよく誇張されたキャラクター造形にあるのは間違いない。だが、同時にそれを支える背景には「銀行員の仕事の裏表」をのぞき見る楽しさがあるのも見逃せない。
 「銀行員の仕事の裏表」は、ある種の「情報性」を持った味付けとして視聴者に消費されている。これは、グルメマンガであれば食品に対する薀蓄、犯罪マンガであるなら(具体的に見える)犯罪のノウハウ……に通じるおもしろさだ。青年マンガを中心として、マンガにはそういった「情報性」が作品の企画上のポイントになったものが多い。
 
 そして「社会見学的な興味」「薀蓄」の範囲をもう少し広くとれば、「実際の事件」や「実際の政治」を下敷きにした作品も「情報性を帯びた作品」の射程に入ってくる。こちらの具体例は『黒い報告書』と『ゴルゴ13』をあげるとわかりやすいだろう。
 『週刊新潮』の有名連載『黒い報告書』は、現実に起きた事件を下敷きにしつつ、濡れ場などを交えた娯楽小説で、モデル事件をそれとなくほのめかすような描き方がされているところがポイントだ。ここでは「実際の事件の裏側をのぞいている(かのような)」部分が読者にとっての「情報性」になっている。
 一方、『ゴルゴ13』の場合は、その華麗な狙撃の背景に描かれる、手軽に要約された国際情勢が「情報性」にあたる。この国際情勢も含めて『ゴルゴ13』を楽しみに読んでいる読者は多い。
 
 このように「情報性」とは、ドラマから切り離して、「現実をのぞき見ているような興味」に応え、時として薀蓄として使えるものなのだ。そして、魅力的なアクション映画が観客を「強くなったように感じさせるエンターテインメント」だとするならば、「情報性を帯びた作品」は多かれ少なかれ、「現実を知って賢くなったように感じられるエンターテインメント」としての側面がある。
 映画を観ただけで強くなるわけがないのと同様に、エンターテインメント一つで賢くなるわけがないのだが、そこにはTVのクイズ番組程度の「ためになる」要素はあり、そうした要素が「おもしろそうだな」と観客にとっての誘因になっているのは見逃せない。
 
 長々と「情報性を帯びたエンターテインメント」について記してきたが、というのも一定の市場があるにもかかわらず、オリジナル企画のアニメには「情報性」が特に弱いと思ったからだ。

 たとえば現在放送中の作品でいうなら、アニメ『銀の匙 Silver Spoon』のおもしろさの何割かが、意図的に原作に盛り込まれたであろう「(知っているようで知らない)現代酪農事情」によるものであるのは間違いない。
 その一方で、どうしてアニメのオリジナル企画に「情報性」が少ないかといえば、それは単純なことで、想像がつかないでもない。
 一つは設定上の理由。アニメは「現実」そのものを舞台にした作品が少ないため、情報性を盛り込む余地が少ないからだ。アニメならではの“華”としての、非現実設定と「情報性」の相性はさほど良くないのである。
 もう一つは、表現方法の差。ある程度、読み手に時間を委ねられるマンガであれば、ストーリーの流れを阻害しがちな「情報の説明」も難なく組み込めるが、アニメの場合はそうはいかない。ドラマの流れを優先すれば、それとコンフリクトする情報性は後景に下がらざるを得ない。
 
 とはいえ、現在のアニメを見ていると、「情報性」を上乗せして成立する可能性は十分秘められているように感じられる。
 たとえば部活もの。『ヒカルの碁』や『ちはやふる』が、囲碁や競技カルタの注目度を上げたことを考えると、もっと音楽(演奏技術etc.)の話題の多い『けいおん!』、もっとカメラの話題の多い『たまゆら』といったテイストの企画は十分ありそうではないだろうか。あるいは現実の土地を舞台に借りた作品であれば、その土地にまつわる「情報性」を盛り込む要素も十分にあるだろう。
 その点で興味深いのは、農業高校を舞台としたライトノベル『のうりん』のアニメ化だ。ライトノベルは青年マンガなどよりずっとアニメに親和性が高い。情報性を帯びたライトノベルを経由することで、これまで積極的に探られてこなかった「情報性」と「アニメ」をバランスする一つの試金石になるかもしれない。一つ突破口ができれば、「アニメ」に「情報性」を盛り込む一つの流れもできるだろう。その点でも『のうりん』のアニメは注目作といえる。
 
 さらに一歩踏み込めば、現実のニュースで報じられるさまざまな出来事もまたアニメの題材になるはずだし(取り扱う題材について、もちろんある種の倫理は必要であるが)、たとえば『攻殻機動隊S.A.C. SOLID STATE SOCIETY』では「少子高齢化」と「資産を持った団塊の世代の定年」、「児童虐待」を題材に取り込んでいた。もちろんSFの設定の作品だから、取り上げられた問題は現実の問題そのものとは直接リンクするわけではない。しかし、劇中で描かれる寝たきりの老人の「相続者のいない資産を国に没収されるぐらいなら……!」という叫びは、「現実をのぞき見るおもしろさ」に限りなく接近している。たぶん同作から、『クライマーズ・ハイ』にせよ『アルゴ』にせよ『based on a true story』と銘打てそうな作品群までの距離は決して遠いものではない。
 
 これは現実を反映したアニメは一種の社会評論であるとかそういう意味ではない。「情報性」とは、素朴だったり下世話だったりする好奇心に応える要素という意味で、エンターテインメントの中心にあるものであり、その一点において、アニメと相性が悪いように見える「情報性」も、使い方によっては現在のアニメの幅を広げる新たな要素として十分役立つのではないか、ということなのだ。
 『半沢直樹』と『銀の匙』を見ながら、そんなことを考えた。

文:藤津亮太(アニメ評論家/@fujitsuryota

 

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