2014年01月09日(木)

藤津亮太のアニメ時評
四代目アニメの門 第6回
『あいまいみー』『てーきゅう』『ヤマノススメ』

アニメの門

ショートアニメが示すアニメの未来

 振り返って見ると2013年は「アニメとは何か」を問い直す年だった。
 クリエイティブ面では、『惡の華』のロトスコープ、『蒼き鋼のアルペジオ ‐アルス・ノヴァ‐』のセルシェーディングされた3DCGキャラ、『かぐや姫の物語』の水彩画調といった、従来のアニメの制作方法とは違う作品が登場した。これらの作品を見る時、「どこまでが(私たちの馴染んだ)アニメ」で「どこからがアニメでなくなる」のか、その一線を意識せざるを得ない。自明かと思われる「アニメらしさ」が、ある種のローカルなル-ルでしかないことが明らかになる。アニメはもっと自由に(その結果“アニメ”でなくなる可能性も含め自由に)作っていいもののはずだ。
 
 ビジネス面では、15分以下の枠で放送されるショートアニメが増えたことが印象に残った(『あいまいみー』『てーきゅう』『ヤマノススメ』『あいうら』など)。今回はこの変化の意味するところを考えてみたい。これは『鉄腕アトム』の放送開始から半世紀の間、さまざまに変転してきたTVアニメの変化の予兆であると思う。
 歴史を振り返るなら『鉄腕アトム』以前から1970年代にかけて数多く放送されていた、アメリカ製作のカートゥーンの多くは、15分以下の放送枠だった。だが、今回のショートアニメはこれとは成立の背景が違う。
 今回のショートアニメの背景には、少ない予算で効率的に原作マンガの知名度を上げたいという出版社サイドの思惑が明確にある。30分枠ではなくショート枠にすることで、コンパクトな予算で1クール放送できるのがメリットだ。売上については、アニメ本体のパッケージの売上よりも、アニメの影響による単行本の売上アップに軸足が置かれている。
 パッケージソフトが売れにくい状況の中で、アニメ化の影響による単行本の売上率アップとを天秤にかけると、もっとも効率がいいのが、このショートアニメというスタイルだったのだろう。
 
 だがこのショートアニメという形式は、これ以上の可能性を秘めている。
 まずショートアニメは、配信との相性がいい。TVアニメのネット配信は有料・無料ともにさまざまなサービスがあるが、携帯やタブレットで見ることを考えると30分枠(OPとEDを加えて約25分)は少し長い。ちょっとした隙間を埋めるように見られるショートアニメは、移動中などに見るにはちょうどいい。ソーシャルゲームが電車待ちや電車移動中の手持ち無沙汰を慰める手段として利用されていることを考えると、ショートアニメの一般化は、そういった「待ち時間利用」という新たなアニメ市場につながっていく可能性を秘めている。
 
 もう一つ、ショートアニメの注目点は、その立ち位置だ。
 2013年6月、スティーヴン・スピルバーグとジョージ・ルーカスがサザンカリフォルニア大学に新設されたメディアセンターのオープニングでスピーチを行った。
 そこで二人が語ったのは、今の映画界はブロックバスター映画(大予算、大規模宣伝で大ヒットを目指す作品)を中心に動いていており、中規模以下の映画は映画として公開されるチャンスが狭くなっている(TVになってしまう)ということだった。二人は、ブロックバスター映画の入場料がぐっと高くなり、中規模以下の映画は入場料がその三分の一程度になるという二極化を予想していた。
 この二人の発言にさらに付け加えると、アメリカでは映画のビデオオンデマンド(VOD)が普及しているため、レンタルビデオ店はほぼ絶滅状態。アート系の小品映画は、大都市での劇場公開と同時にVOD配信されることがあたり前になっているという。
 
 この背景には、お客が映画館に足を運ぶのはそのシーズンのNo.1作品だけ、ということがあるのではないか。いわゆる「一本かぶり」という状況だ。だからその一つの座席を争って、映画の予算や宣伝が巨大化していく。以前であれば十分ビジネスになった、二番手、三番手の存在が危うくなる。
 アニメのパッケージソフトは、長期トレンドで見れば必ず配信に置き換わる。その「いつか」に向けて、市場はジワジワとシュリンクしていく。その中で、ファンが買うソフトを選別すればするほど、市場は「一本かぶり」に近づいていく。
 すると制作される作品は「その期のNo.1を目指した大作」と「リスクの少ない小品」に二分化していく。リスクの少ない小品は、他メディア含め取り回しのいい作品が好まれるはずだ。
 現に、OVAを劇場でイベント上映するスタイルは定着しつつある。これは目の肥えたファンにTVのレベルを超えたハイコストでハイクオリティーな作品を提供する大作志向の一つの結果といえる。一方で2013年に増えたショートアニメは、先述の通りリスクの比較的少ない小品である。
 
 今のアニメの置かれた状況を考えると、このような二極分化が起きてもおかしくない。二極分化の一つの目安になるのが、ショートアニメがどれぐらい増えていくのか、ということになる。
 2014年1月期もショートアニメはかなりの数が放送される。アニメの二極分化が起きた将来、そのスタート地点を振り返る時、間違いなく思い出されるのは2013年のはずだ。本格的TVアニメ50周年は、そういう節目の年だったのだ。
 
 この二極化そのものは、作品の多様性という観点では決してプラスに働くものではない。だが未来は暗いものと決まったわけではない。
 たとえば「映画」というものは、さまざまな環境変化の中でその「映画らしさ」を変化させつつも、100年を超えて生き延びてきた。おそらくスピルバーグやルーカスの懸念は的中するが、それを越えてなお「映画」は生き延びるだろう。そこで失われるものも多いが、新たな可能性は必ずある。それは恐竜の絶滅後、その子孫が鳥類に進化して生き延びた状況にたとえることができるかもしれない。
 アニメもまた(関係者の知恵と勇気によって)二極化を超え、「アニメらしさ」を変化させつつも、さまざまなメディアの中に生き延びていくはずだ。生き延びたアニメは、おそらく今の私たちが思っている「アニメ」とは姿が異なっているだろうが、しかし、その中には紛れもなくアニメのDNAが息づいているはずだ。
 

文:藤津亮太(アニメ評論家/@fujitsuryota

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