2014年11月07日(金)

藤津亮太のアニメ時評 四代目 アニメの門 第16回
『楽園追放 -Expelled from Paradise-』
『ピンポン』『陽なたのアオシグレ』

アニメの門

作画のデジタル化

 今年のいくつかの取材を通じて感じたのは、今制作の現場で起きつつある変化は「作画のデジタル化」という言葉で広く括ることができるということだ。もちろんそれぞれの場所で起きていることはバラバラの事象だ。だが、その根っこにはどれも現状の制作システムを、デジタル技術で更新しようとする点で大きな共通点がある。
 「作画のデジタル化」には「キャラクターの3DCG化」「Flashの導入」「ペーパーレス化」の三つがある。
 この中で最も大きな変化はキャラクターの3DCG化だ。
 
 セルルック3DCGを採用したキャラクター表現は、この二年ほどで大きく進化した。当時としては画期的に繊細な演技を見せた2012年の『009 RE:CYBORG』よりも、(作風の違いを考慮に入れても)2014年の『楽園追放 -Expelled from Paradise-』のほうがキャラクター表現として前進している。これはつまり伸びしろがそれだけあったということで、この変化は80年代中盤から後半にかけて作画表現がその表現力を急激に深めていったことを思い出させる。
 キャラクターを3DCGで描くメリットはいくつかあるが、「キャラクターの姿が描き手によって大きく変化しないこと」「動画枚数の制約を受けないリッチな動きが可能なこと」などがある。また3DCG会社は、アニメーターを社員として雇用しているため、フリー中心の2Dアニメーター中心の体制と比べ、スケジュールや生産性の管理がしやすいという点も長所である。
 これらのメリットは「信頼できる2Dアニメーターの不足」「スケジュール遅延の常態化の結果、定着した第二原画システム」「雑な仕事をする海外動画の存在」といった2Dアニメの抱えている問題に対して一つのアンサーたり得ている。
 
 とはいえセルルックの3DCGでひとまとまりの作品を作り上げるには、まだ各種の挑戦が数限りなくある。
 取材中に聞いたたとえ話がある。
 「腕時計を身につけるという芝居」があったとする。時計のベルトを押さえたり、指先を複雑に動かしたりする必要のある、自然に見せようとすると手間のかかる演技だ。
 この時、選択肢が二つある。
 一つはその細かな芝居がどうしても作劇上重要で、避けることができないという場合。もう一つは、芝居そのものには意味がなく、腕時計をはめるという結果があればよい場合。
 これまでの3DCGの現場ではしばしば、こうしたカットに当たると「この芝居は複雑すぎてうまく表現できません」という形で壁にぶつかってしまったという。
 そこでは「そのカットで何を表現すべきか」の部分が落ちて、「腕時計をつける」という「仕様」だけが問題にされている。腕時計をつけたという結果だけほしい時に、こうしてつまづいてしまうと、映画全体が進まなくなってしまう。
 
 2Dアニメでも腕時計をつける仕草というのは面倒だ。だが2Dアニメでは「机の下の見えないところで、腕時計をつけるような芝居をさせれば、面倒な作画をしなくても目的を達することができる」という発想がごく当たり前に出てくる。
 この腕時計のたとえ話は、あくまでたとえ話ではある。だが、「そのカットで何を表現すべきかの判断」と「それはどうやったら達成できるかというTIPS」の不足という点でまだ3DCGの現場はまだ2Dの現場(特に演出家)から学ぶところは多い、という現状は複数の取材からうかがえた。そしてこの2点の補強とはつまり、3DCGアニメーターが、仕様をこなすオペレーターではなく表現者として自覚を持つということでもある。
 『楽園追放』を見ると、ヒロイン、アンジェラの自然な演技に感心する。だが実は、そうした個別の達成の影にある、制作現場での意識の変化とそれにともなうノウハウの蓄積にも大きな意味があるのだ。
 
 さて、3DCGが現在ほど普及する前、アニメにおけるコンピューターの導入の一つの目標に「自動中割」があった。動画を自動的に処理できれば生産性が高まるだろうと考えられたのだ。’80年代からさまざまな研究はあったが、「自動中割システム」そのものは(いくつかの成果は聞けど)本格的に現場に導入されることはなかった。
 『ピンポン』におけるFlashの導入を取材した時に思い出したのは、そうした「自動中割システム」の試みが姿を変えて生きているということだった。
 『ピンポン』では大きなトラックバックのあるカットなど、いくつかのカットをFlashで制作している。だがいわゆるFlashアニメのようなカクカクしたものではなく、手描き作画と見分けがつかない。
 
 Flashアニメーションの仕組みを大ざっぱに説明しよう。まず、キャラクターの各パーツを線単位で「シンボル」として覚えさせる。キャラクターは複数のシンボルの集合体として管理される。
 『ピンポン』ではアニメーターの描いた絵をトレスし、それをシンボルの集合体である原画とした。そして原画と原画の間を、自動中割(モーショントゥィーンという機能)で埋めていく。自動中割を使うと非常に機械的な中割になるのだが、『ピンポン』では、自動中割で生成された動画に後から手を入れて、手描きらしさを付加した。
 
 実際にはもっと詳細なノウハウがあるのだろうが、アニメーターの描いた絵をベースにし、自動中割の動きに手を入れることで、手描きらしさを獲得している。
 このやりかただと動画マンが不要で、原画マンが動きの最終段階まで完成にもっていくことができる。また、仕上もFlashの中で行うことができるので、撮影に渡す直前まで一人で完結させることができる。
 これもまた先述した2Dアニメの問題点を改善する要素を持っている。
 
4mon16 では2Dの現場が旧態依然かといえばそうではない。
 昨年あたりからよく聞くようになったのが、ペンタブレットを使うペーパーレスの作画だ。たとえば『フミコの告白』の石田祐康監督による『陽なたのアオシグレ』のククライマックスはPC上で作画を行ったという。また、アニメーターのりょーちもはFlashをベースにしたデジタル作画の有効性を訴えている。そのほかにもペンタブレットを利用する人は増えているようだ。
 ペンタブレットを使ったデジタル作画は、描き直しの手軽さなど、作画の生産性に貢献するはずだ。またスキャンなどの工程の簡略化にも影響するだろう。もちろんそれには原動画全体がペーパーレス化しないと難しいかもしれないが、それによって手描き作画の効率があがれば、やはり現状の問題点の改善につながるはずだ。
 
 「作画のデジタル化」が非常にホットなトピックであるという状況はしばらくの間続くだろう。
 

文:藤津亮太(アニメ評論家/@fujitsuryota

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