2015年02月06日(金)

藤津亮太のアニメ時評
四代目アニメの門 第19回
『SHIROBAKO』

アニメの門

『SHIROBAKO』の三つのレイヤー

 アニメ業界を題にとった『SHIROBAKO』のおもしろさはまず、業界の様子を垣間見るところにある。
 本作を見れば、アニメができるまでにはどんな工程があるのか、非常によくわかる。また、制作現場の雰囲気、空気のようなものも本作は巧みにすくいとっている。たとえば第2話で描かれたダビング時の音響監督と監督のやりとり。音響監督の矢継ぎ早の質問に、長考するタイプの監督が答えに窮する瞬間が描かれる。
 監督はクリエイティブの中心にいてジャッジを下すポジションである。だがそれは、制作現場において常に絶対者として振る舞うこととイコールではない。この微妙な案配がちゃんと描き出されている。だからコメディタッチではあるが、同時に事実を踏まえているからこそのリアリティも濃厚に漂う。本作には「コメディタッチで演出しているが、その背景にはなんらかの事実があるんだろうな」と思わせるシーンが実に多い。
 
 とはいえ本作にとって「業界裏話」の要素は(やや強めの)スパイスに過ぎない。
 本作の主人公は、新人の制作進行である宮森あおい。宮森は、武蔵野アニメーションの一員として、アニメ『えくそだすっ』の制作に忙殺される日々を送っている。その点で本作は「新入社員が一人前の職業人になっていく」パターンの物語だといえる。
 本作はその「一人前の職業人を目指す」という物語を、「仕事」「会社」「人生の目的」という三つのレイヤーの重なりとして描いている。この三つの視点の共存により、本作は「お仕事もの」としての普遍性を獲得することになった。
 
 一番表層にあるのは「仕事」のレイヤーだ。ここでは具体的に「仕事とはどうあるべきか」が描かれる。本作では宮森が、目の前の課題に悩み、さまざまな人から注意や助言をもらう部分がそれに相当する。
 たとえば第11話。最終回の原画マンが足りず宮森は、大ヒット作『新世代アヴァンガルドン』の監督・菅野光明にまで依頼しにいく。そこで菅野は宮森に、どうして自分にこのカットを依頼しようと思ったのかと問う。ただ担当原画マンを見つけ出したいだけだった宮森はそれにちゃんと答えることができない。菅野はそんな宮森に「アニメーターも人間だから、このカットはおまえにしかできないといわれて依頼されたい」と告げる。菅野の言葉は、アニメ業界だけにとどまらない、仕事をする上で気をつけるべき大事なことが含まれている。
 
 二番目にあるのは「組織」のレイヤーだ。ここでは集団で仕事をするということの意味が描かれている。
 そもそも会社とは、一人ではできないような(大きな予算の)大きな仕事をするために組織されたものだ。本作の場合、アニメーション制作がこの「大きな仕事」に相当し、さまざまな部署が協力して一本のアニメを作り上げる姿を通じて、「組織で仕事をすること」を視覚的に端的に伝えている。
 組織で仕事をする際に大切になるのが、「報告・連絡・相談」(いわゆる“ほうれんそう”)だ。物語序盤で太郎が起こすトラブルが、報告・連絡・相談の不徹底に起因しているところはおもしろい。ここには本作の「組織で仕事をする」という側面が表れていて、太郎が起こしたトラブルは決してアニメーション制作だけの問題ではない。太郎のアバウトな態度に多くの視聴者がイライラするのは、それがどんな会社でもありうることだからだ。ここには一般的な会社仕事に通じる普遍性がある。
 そもそも制作進行というポジションそのものが集団で制作をしなければ不要な職種なのだ。そういう職種は会社の中を見るといろいろある。たとえば総務もそうだろう。営業だって商品を開発・製造してくれる部署がなくては成り立たない。制作進行を主人公にしたのは、アニメーションの制作工程すべてを見渡せるポジションという理由が大きかっただろう。だが結果として制作進行から本作に「組織の中で働く」という側面を強調することになった。
 この「組織の中で働く」と次の「人生の目的」のレイヤーとが深く関わってくる。
 
 人間はなんのために働くのか。
 「会社の目的」と自分の「人生の目的」が接近している時は簡単だ。目の前の仕事をやることが、自分の人生の目的に近づくことにつながる。
 だが「会社の目的」と「人生の目的」がいつも重なるとは限らない。「会社の目的」と「人生の目的」がずれてしまった時、「人生の目的」がはっきりしていれば、自分の人生を改めて仕切り直せる。
 たとえば制作デスクの本田は、ケーキ屋になるという目的のために会社を退社した。宮森の後輩の藤堂美沙も、就職した3DCG会社が自動車しか手がけないことに悩み、退職して別の3DCG会社に入り直した。
 ここでいう「人生の目的」とは「到達点」のことではない。むしろそれは「北極星」に近い。
 大昔の船乗りは北極星を見て、自らの船の位置を確認し、航路を見誤らないようにしたという。それと同じように「人生の目的」とは自分の進むべき方向をジャッジする基準点なのだ。
 
 ここで思い出すのは、宮森あおいをはじめとするメインキャラクター五人は高校のアニメーション同好会出身で、当時『神仏混淆 七福陣』という作品を作っていたという設定だ。同好会出身の五人は、制作だけでなく作画、3DCG、役者、文芸とそれぞれの立場でアニメ業界を志している。いつかみんなで一緒にアニメを作ろうというのが、彼女たちの誓いだ。
 この子供っぽい誓いが、いかに「人生の目的」へと昇華していくのか。
 
 仕事のスキルを身につけ、組織と自分の距離を掴み、自分の「人生の目的」をしっかりと見据えた時、彼女たちは社会人になったといえるはずだ。会社を辞めるために自らの人生の目的を見つめ直した藤堂美沙は、その点で一足先にそのステップへと進んだといえる。
 では主人公、宮森はどうだろうか。彼女は、仕事のスキルも身についているし、組織の中で働く意味も十分わかっている。となると最後は「人生の目的」だけだ。彼女は果たして物語のラストまでにどのような「人生の目的」を発見するか。そこに注目したい。
 

文:藤津亮太(アニメ評論家/@fujitsuryota

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